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第56話 生きることは面倒を処理すること

「ああ、不労所得が欲しい」


 全身の隅から隅まで力が湧いてこない。ソファーに預けている身体がソファーと一体化しているように思える…その耽美な事実が私の気力を奪っていく。


「詠史~~ご飯まだ?」


「もうとっくに作ってるぞ。さっさとテーブルまでこい」


「お姉ちゃんは疲れてるの~~~弟なら疲れている姉を慮ってご飯をこっちまで持ってくるなり、あーんをしてくれるなりするものじゃないの?」


「いい歳こいて何言ってんだ。今日はハンバーグだぞ、好きだろ」


「好き~~~愛する弟があーんしてくれたハンバーグはもっと好き~~~」


「姉ちゃん……あんたって人は」


「あっ!!私も詠史さんからあーんされたハンバーグ大好きです!!いきなり詩絵さんにあーんするのは難しいでしょうからまず私で練習してください!!いえ、あーんよりもまずはレベルの低い口移しにする方が良いですね!!!」


「どう考えても口移しの方がレベル高いよな」


「微々たる差ですよ………さぁ、どうぞ!!私はいつでも準備OKです!!」


 そう言って真絹ちゃんは詠史に向けて口を開いた。詠史はそんな一所懸命な真絹ちゃんに「はい、口閉じて。自分で食べろ」と冷たい言葉をかける。まったく、大した労力じゃないんだから口移しの一つくらいしてあげればいいのに……


「コールドスリープしたい……そして労働がない未来まで行きたい………」


 真絹ちゃんをなだめた詠史が私の下にやってきた。手にはハンバーグのお皿とお箸が握られている。


「ほら、持ってきてやったぞ。こっからは自分で食え」


「ありがと」


「………ったく、怠惰な姉だな……あのさぁ、ところで姉ちゃん犬前灯華さんって知ってる?」


「ん?知ってるけど……どうしたの?」


「いや、この前犬前さんから姉ちゃんのとんでもない話を聞いたからさ……何でも犬前高校で様々な問題を解決していて犬前さんから尊敬されていたとか」


 灯華ちゃんったら私のこと尊敬してたんだ…夢見がちなお嬢様なのは知っていたけどダメじゃない……こんな七つの大罪のうち半分以上を身に宿しているような女を尊敬するなんて。


「別に、私にだって青春らしきものをしていた時期があるってこと……と言うかやってくる面倒ごとを手早く処理していたらいつの間にか問題を解決する羽目になっていたって感じね」


 ハンバーグを切り分ける。硬すぎず柔らかすぎず……ふむ、これは食べるのが楽しみになってくる感触だね。


「ま。面白くも健全的でもない話だよ」


~~~~~~~~~~~~


『詩絵、お前は俺の女だ』


『えっ?ヤダ。私は私を養ってくれる男以外と付き合うつもりないし』


 時には暴力で学校を支配しかけていた昔気質のヤンキーに言い寄られたり


『和倉さん…貴女万引きしましたよね……まったく、若いとはいえとんでもないことを……しかし安心してください。私の言うことを聞けば誰にも言わないでおいてあげますよ。

 まずは脱いでみましょう』


『冤罪かけてくるの面倒くさいので止めてくれます?』


 濡れ衣を着せることが上手な悪徳教師に性奴隷にされかけたり………


『和倉詩絵!!君の生活態度は甚だ不健全だ!!怠惰極まる!!!!もっと僕をみならいたまえ!!』


『まーくんもそんな肩が凝りそうなこと言わず私と一緒に屋上で昼寝しようよ。誰も来ないからぐっすり眠れるよ』


『まーくん言うな!!そして屋上は一般生徒は立ち入り禁止だと何度言わせる!!??』


 友達の風紀委員にたびたび注意されていたり……


『お前ら動くな!!!こいつがどうなってもいいのか!!!』


『和倉先輩!!!くっ!!わたくしが狙いなのでしょう!!その方を離してくださいまし!!』


『灯華ちゃん気にしないで~~~この誘拐犯さんには後でしっかり慰謝料を払ってもらうから……ああでもお金がないから誘拐とか考えてるのか……じゃあ払ってもらえないのかなぁ……はぁ………』


 お嬢様の灯華ちゃんを狙った誘拐犯にサバイバルナイフを突き立てられたり………


~~~~~~~~~~~~


 今思い返してもどれもこれも面倒くさかったなぁ……私は静かにぐっすりとした健全的な睡眠ライフを送りたかったのに皆私の睡魔を飛ばすような真似ばっかりして。面白い話でもないから詠史に話せないし。


「どうした姉ちゃん?」


「何でもない……たださぁ………」


 でも、私のあの青春が今の健全的な犬前高校に繋がってるとすれば……詠史と灯華ちゃんの仲を繋いでいるとしたら……


「お姉ちゃんとしてちょっとはお仕事できたかなって思っただけ」


「は???」


「若人よ、楽しく青春を送りなさい」


「はいっ!!もちろんです!!!」


「急にどうした姉ちゃん」


 詠史、貴方の周りの人たちは良い人たちばっかりで私は心から嬉しいわよ……私の周りも真絹ちゃんみたいな健全的な人ばっかりだったらもっと怠惰でスリーピングな青春を送れたのになぁ。


 ハンバーグを口に放り込んだ。 


「ふふっ、このハンバーグ美味しい」


「そりゃそうだろ、僕が作ったんだからな」


「私が裸エプロンで応援したのも美味しさに繋がっています!!」


「それは関係ない」


「そんな!!!」


 そういえば……まーくん今頃なにやってるんだっけ……まぁ立派にお堅く生きてるんだろうなぁ。


 私の心を真っすぐ見つめて告白してきた少年の姿を思い出し、少しだけ口角が緩んだ。


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