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第59話 夏祭り直前

 その日の朝は空から落ちてきそうなほどに重苦しい曇天だった。


「おはようございます詠史さん!!今日はいよいよお祭りですね!!」


「お前は朝から元気だなぁ」


「当然です、この日の為に羞恥に苦しみながらお母様たちと共にバイトに勤しんだんですよ」


「どういうことだ?」


 真絹は歓喜の中に少しの悪戯心を混ぜ込んだ笑みを近づけてきた。


「後のお楽しみです。うふふ」


 スキップしながら辺りを回っている。どうやら僕を落とすためにこの夏祭りで何かを考えているようだ……まぁいいや、何をされても絶対楽しいもんな。


「さて……と」


 それにしても水菜乃のやつ、こんな朝早くから僕に用事って何だろうか?


 僕は昨晩水菜乃から「明日の朝あたしんちに来なさい」と一方的な命令を受けている。別に暇だからいいけど一体何の用だろうか。


 ~~~~~~~~~~~~


「へぇ~~~~~」


 水菜乃の家にやってきた僕は上がりそうになる口角を手で隠した。


「素鳥とデートするから浴衣を見繕って欲しいって……随分乙女なこと言えるようになったんだなお前」


「違うわよ。あいつが奢ってくれるって言うから一緒に行くだけよ。せっかくの夏祭りなんだからちょっとくらいお洒落したいってだけだもの。

 あたしはあんな露出狂とデートする気なんてないから」


「ま、そう言うことにしとくわ。にしても浴衣なぁ…どれがいいかって言われても僕にはよく分からんぞ」


「あんたにファッションセンスがないことは分かってるわよ。 でも他に相談できる男子なんていないんだから仕方ないじゃない……」


 男受けを狙った浴衣を選びたいって思ってる時点で素鳥にいいカッコしたいって言ってるようなもんなんだけど気づいてないのかねこいつ……


 幼馴染の成長のような何かにかすかな喜びを覚えながら取り合えず水菜乃が持っている浴衣を漁ってみた。

 ~~~~~~~~~~~~


「お姉ちゃん、随分機嫌良さそうだけどどうしたのかしら?」


「えっ?いや………別に何にもないよ。私はいつでも夢邦やパパ、ママと一緒にいられることが嬉しくて機嫌がよくなっちゃうの」


「へ~~それは嬉しいわ」


 あたしの名前は初川(本当は花染だけど嫌いだから使いたくない)夢邦、最愛のお姉ちゃんが明らかな隠し事をしていることを知っている女である。


「ところで今日は夏祭りよね」


「えっ…そっ、そうだね。確かそんなこともあったね」


「花火があがるみたいね」


「うん、そうそう、おっきな花火がいっぱいなんだってね……でもそれがどうしたの?夢邦ってそういうものは面白味が足りないってあんまり興味持ってないじゃん」


 そしてあたしは悟っている、お姉ちゃんが片思い中の相手である方丈縁和とか言うあたしからお姉ちゃんを奪おうとするダメ野郎を夏祭りに誘っていると言うことを……あわよくばこの夏祭りで告白を企んでいることを。


 ああ、ぶち壊したい……あの野郎の睾丸を粉微塵にしてドブに捨ててやりたい………


 でも………でも。


「ちょっと気になっただけよ。お姉ちゃんは楽しみにしてるのかしら?」


「うんっ!!とっても楽しみ!!ワクワクとドキドキが全然止まらないんだ!!」


 縁和との夜を楽しみにしているこのお姉ちゃんの朗らかで愛くるしい笑みを奪うことなんて……あたしには出来ない………出来ない………


「ふふふ、夏祭り楽しみだなぁ」


 あたしに夏祭りに行くことをとぼけることさえ忘れてしまうほど心弾ませているお姉ちゃんの心を壊すことはあたしには出来ない………


ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!!なんでお姉ちゃんはあんなちょっと顔が良くて妹想いなところがある程度の野郎を好きになっちゃったのよ!!!!!


 ああ、イ♡ラ♡つ♡く♡


「夢邦どうしたの?悔しさと愛らしさが100パーセントって感じの顔しているけど」


「何でもないわ♡♡」


 全部ぶっ壊したい♡♡


~~~~~~~~~~~~


 まいりましたわね。


「せっかくの夏祭りだというのに誰とも行く約束を取り付けていませんわ」


 わたくしとしたことが不覚でした……夏イベントがあまりにも熱すぎるせいでずっとゲームにのめり込んでいたなんて……


「夏祭りと言えば青春にとって欠かすことが出来ないイベント、黒い夜空を輝きながら彩る花火の下で青春を爆発させる人間は多いという話ですわ」


 しかしどうしましょう。わたくしが一人で行ってもほどほどに楽しんで終了でしょうし……そう言った素敵なイベントに出くわす可能性も少ないでしょう。


「初川さんと和倉さんに連絡を……いえ、あの二人の青春を邪魔するのも駄目ですわよね………そういう意味じゃ素鳥さんや波園さんに声をかけるのも駄目………ああ、どういたしましょう」


 そんなことを思いながら格ゲーではめ技の練習をしていると一本の電話がかかってきましたの。


「もしもし」


『もしもし、お久し……覚えてる?』


 !!!!???


 このお声は………


「和倉先輩!!??」


『灯華ちゃん、久しぶり~~詠史から連絡先聞いちゃったんだけどいいよね』


「はい、もちろんですわ。それで本日はお日柄もよろしく」


『それ、電話でする挨拶じゃないね……それでさ、急で悪いんだけど今日の夜時間空いてる?』


「空いてますわ!!何か御用ですの?」


『ちょっと私の仕事を手伝ってもらいたいんだけどいいかな?』


「はいっ!!!先輩のためなら何でもいたしますわ!!」


 ああ、楽しくなってきましたわぁぁ!!


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