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ドリーミングララバイ

第7話

珍しくカメラマンの仕事が入りシヴァは身支度を整えている。

コートに手を伸ばすとふわりとそれを着た。

『カイル、今回は私一人で行くが二、三日、いや二日で戻る。』

シヴァは手袋をめるとカイルを見る。

『はい、留守番をきちんとします。行ってらっしゃい。』

そっとシヴァの首元にカシミアのマフラーをかけて、カイルが頷いた。

『行って来る。』

シヴァの乗った車はあっという間に居なくなった。

しんと静まり返った家の中で、カイルは初めて一人きりの時間を過ごすことになる。

ミアがいるので一人ではないが。


『よし、お茶をいれるか。』

カイルはいつもどおりに台所へ行き一人分のお茶を入れた。

熱いカップを持ちいつもの定位置につく。

いつもなら目の前にはシヴァが座っているはずだが今日はいない。

カップに口をつけてテーブルの上に置かれた本に視線を移した。

シヴァが居ない間は暇になるだろうから読書でもと、彼が用意してくれた本だ。

手に取ると科学、医療、そしてラブロマンスとさまざまある。

『シヴァの好みってよくわかんないな。』

そのうちの詩集を選ぶと読み始めた。


部屋の中は暖炉が燃えてパチパチと音を立てている。

その傍にミアが立ち、時々ふわふわ浮かんでは楽しそうに踊っている。

二日目の朝も同じでカイルはお茶を入れ、本を読む。

椅子に座りパチパチと音を立てる暖炉に耳を傾けながら、いつの間にかこっくりこっくりと船をこぎ始めた。

意識の奥でバキンと何かが割れる音がして、カイルははっと目を開く。

膝の上の本を閉じて周りを見渡すと暖炉の火が落ちていた。

まだ空気は暖かいものの急ぎ暖炉に木をくべて火をつける。

またパチパチと燃えるまでには少し時間がかかった。

『変だな。』


火かき棒で木を奥につっこみ、火が広がるのを待つ。

『寒い。』

ぶるっと体に冷えを感じて、両手で体を抱き窓の傍に立つと外を見た。

外は雨で風も強いせいか木々が揺れている。

カイルはどこか窓が開いていないかどうか確認するために、家の中を歩き回った。

トイレの窓が少し開いていただけで、他は気にするところはなく、また暖炉の前に戻るとミアが両手を挙げて大きな口を開けていた。

声が聞こえていたら叫び声が聞こえただろう。

『ミア?』

カイルの声にも気づかず、ミアは両手を耳に当てて大きな口を開け続けている。

そしてはじけるようにミアは消えた。


『ミア?』

周りを見渡すもミアの姿は見つからない。

カイルはさっき行った場所をなぞるようにして探した。

『どうしたんだろう…。』

とぼとぼと部屋に戻り暖炉の前に座る。

その時後ろから視線を感じて振り返った。

部屋の片隅には小さな炎がこちらをのぞいている。

それは人型で黒い目がじっとこちらを伺っている。

『誰?君は。』

カイルはおそるおそるそれに声をかけた。

けれどそれはシュッと消えてしまい、また何事もなかったように暖炉の火が大きく燃え上がる。


『わっ…。』

火の粉がパチっと上がりカイルは手で顔を覆った。

暖炉の前は暖かいものの、家の中は凍りついたように寒い。

カイルは暖炉の前にソファを置くと、毛布を持ってきてそこで眠ることにした。

翌朝、車のエンジン音がしてシヴァが帰ってきた。

暖炉の前で眠るカイルを見ると、何かに気付いたように家の中を見渡し、家中の窓を開けた。

外はまだ雨が降っているが、気にもせず開け放った。

カイルは小さく唸って目を覚まし、目の前にいるシヴァににこりと笑う。

『おかえりなさい。』

『ただいま、カイル、ミアはどうした?』

カイルは目を擦り体を伸ばすと小さく頷いた。

『はい、昨日消えてしまったんです。』


『消えた…か。』

『はい。探したんですが見つからなくて…。』

シヴァはカイルにそこにいるように指示をして、また家の窓を一つ一つ閉じ始めた。

そして暖炉に薪をくべて火をつける。

『昨日は寒かったのか?』

『はい、中々燃えなくて。』

シヴァは立ち上がるとテーブルの上に蝋燭ろうそくを置き火をつけた。

蝋燭の火はふわっと燃え上がると、昨晩見た人型の炎がそこに現れる。

『あ、それ。昨日出てきたんです。』

『ああ…これは精霊だ。多分、ミアを連れに来たんだろう。』

『ミアを?』


連れに来たとはいえ、叫んでいるように見えたからミアは苦しんだのではないだろうか?

カイルはシヴァの隣に来ると炎に言った。

『君はミアを連れて行ったの?』

炎は大きく回転するように燃え上がり、しゅっと消えた。

蝋燭からは一筋煙が舞い上がる。

『カイル…。』

シヴァがカイルの肩を抱きそっと抱きしめた。

『怒っているのか?泣くな。』

そう言われて初めて涙に気付いた。

感情は揺れてはいなくても、心にぽっかりと穴が開いたような気がした。


『カイル、精霊は感情など持っていない。あれはただ人間のフリをした妖精が幽霊になったのを良しとせずに連れて行ったんだ。』

シヴァは自分のコートの中にカイルを包み込む。

『ミアは妖精であることを忘れなければあんな風にはならなかった。今も生きていたろう。いいか?これから多くのものに会う、しかし傷つかないでくれ。我々とは違うのだ。』

カイルはシヴァの体に抱きつくと暖かい胸にすがりついた。

この感情は何?まだ知らない感情がカイルの中で炎のように巻き起こる。

『ミアは叫んでいました…そのように見えました。』

『ああ、きっとそうだ。』

『私は彼女の声が聞こえなかった、最後の看取みとりすらしてあげられなかった。』

『ああ。誰しもができるわけじゃない。』

シヴァはカイルをぎゅっと抱きしめると髪にキスを落とした。

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