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第8話

冬が色濃くなる。

森は白に包まれて小さな動物が姿を消した。

森の館はシヴァが壁紙を変えたせいか、新築の装いだ。

外へ郵便物を取りにでたカイルは息を吐く。

白い息は顔を一瞬で凍らせて身震いした。

玄関を開けるとその奥にシヴァがいた。

昨日届いた大型の荷物を解いているところだ。

『なんですか?それ。』

『これか?ここには暖かいものが必要だと思ってね。』

ふわふわとした手触りの大きな毛布が二枚、それぞれがリボンで梱包されている。

シヴァは両手にそれを持ち、一つは自分の部屋、もう一つはカイルの部屋に放り込んだ。

『荷解きは自分で出来るな?リボンを解くだけだ。これで眠るときは少しましになるだろう。』

『そうですね。』


少し前から寒さが酷くなっているようで、時々受信するラジオでは、寒波の一言だけを残して繋がらなくなった。

『シヴァはお仕事は大丈夫なんですか?』

『ああ、この雪だとどっちみち難しい。モデルも現地に入れないことがあるから。』

『そうですね、列車とかも動いてないんですっけ?』

『うん、今はな。』

『車も動けそうにないですね。』

窓の外は雪が積もりいまだ止む様子はない。

『これ、どれくらい降るんですか?』

『どうだろうな。私が知る限りでは私の身長くらいまでは積もることになるな。』

『冗談ではなく?』

『ああ、冗談ではなく。冗談だったら良かったな。』

シヴァはポンとカイルの頭を叩いた。


『お茶をいれてくれ。』

『はい。』

カイルは台所へ行き、先日シヴァが買ってきた新作の紅茶の缶を開けた。

甘い香りが鼻を抜けていく。

お湯を沸かしティーポットで入れるとカップを添えて部屋へ戻る。

『ありがとう。』

シヴァはカップに口をつけると微笑んだ。

『これは美味いな。買ってきてよかった。』

『ええ、そうですね。当たりでした。』

お茶を口にしてカイルはカップで手を温める。

『あの…いまさらなんですが。』

『どうした?』

『あの、もう随分経つんですが、その私はIDとか取らなくていいんでしょうか?』

『ん?ID?』

シヴァはカップをテーブルに置き、首をかしげる。


『その身分証明みたいなものがありますよね?以前見せてくれた。』

カイルはずっと気になっていたが、聞くチャンスを逃していた。

『ああ。そうか…確かにIDというものは存在はするんだが、特には必要とはされていない。君が私と住み始めてからは登録をしてあるから大丈夫だ。』

『ありがとうございます。森では必要なかったんですが、出たら必要になると。』

『うん。なるほど。』

シヴァは椅子にもたれ腕を組むとゆっくりと話始める。

『以前は確かにIDは利用されていた。だがトラブルが多くて。何百年と生きるものが出てきたからだ。彼らの常識から外れてしまったんだろう。殆ど使われていない。』

『殆どというと、利用している人もいるんですか?』

『一部が。常識の中で生きている人たちが利用している。』

『ああ。』

『どうした?何か気になるのか?』

『いえ、ただ私は文明の中にはいなかったのだなあと思って。』

カイルが小さく溜息をつくとシヴァはハハと笑った。


『そんなものはないようなものだよ。私が知る限りこの国を含めIDというものが確かに利用されたのは戦争くらいだ。支配者たちが自分たちの手駒を作るためにそれを使おうとしたが、種族が増えていたために従うものなどなかった。自由に生きることを良しとする種族が殆どで戦争など出来るはずもない。それが文明だというのなら私もいなかったのだろうな。』

『…そんなことのためにIDを作らせていたんでしょうか?』

『もちろん我々が快適に暮らせるためというのが建前だ。うまく行っていたこともあるんだろう。』

シヴァはお茶を一口飲む。

『大昔、妖精たちの住む島があったそうだ。私は文献でしか読んだことがないがな。そこはこうしたIDが住む者全てに割り振られ文明も進んでいたそうだ。が…あまりに従順だったせいか幾度となく戦争に駆り立てられ、最後には島ごと沈められたそうだ。』

『うわ、酷い。』

『文献が正しければそうだな。生き残りがいるらしいが、それこそ今もまだ従順であったならまた巻き込まれることも考えられるな。あくまで文献だ。けれどIDがもたらす先の未来が妖精の住む島であったならなくなった理由もわかろうものだ。』

シヴァが笑うと席を立った。


カイルはカップをすすりながら視線を上げる。

窓の外は雪が酷く降り、窓の半分を埋めていた。

『うわあ。』

急ぎ玄関まで行き外の様子を確認する。

近くに停めてある車が大きな雪山になりつつあった。

『ああ、酷いな。』

背後からやってきたシヴァがカイルの上から覗き込む。

『これだと買い物にも行けませんよ?』

『そうだな。生憎と食べなくてもそんなに支障はないだろう。』

カイルの背をポンと叩きシヴァは部屋に戻っていく。

『しかし少し堅い話が続いたから何か甘いものでも食べよう。昨日私が作ったサブレは?』

『ああ、はい。缶の中に。』

シヴァを追い一緒に台所へ行くと、戸棚に入っていた缶を取り出した。

いくつか皿に盛るとそれをシヴァが持っていく。


『シヴァは何でもできますね。』

『ハハハ、では次は君も一緒に作ればいい。覚えれば簡単だ。』

『それはそうですが。』

『大丈夫だ、カイルは食事が作れるからお菓子も上手に出来るようになる。』

『お菓子と食事は違いますよ。』

指先でつまんだサブレはバターの香りがとても良い。

口に放り込むとさくさくと音がした。

『フフ、でも美味そうに食べる。作りがいがある。』

椅子に深く腰掛けてシヴァはサブレを食べる。

カイルがもう一つサブレを取るとシヴァが言った。

『今度は必ず一緒に作ろう。違うお菓子を。』


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