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第10話

雪解けが近くなったのか、館の周りで鳥がさえずるようになってきた。

カイルは朝から起きて家の掃除をしている。

いつもはシヴァが手伝ってくれているが、今日は部屋で仕事の電話中だ。

部屋の埃を払い雑巾掛けをして部屋中を綺麗にする。

残りは玄関の掃き掃除だけになり、箒を持ったところでシヴァが部屋から出てきた。

『ああ、お疲れ様。手伝えなくて悪いね。』

『いいえ。もうこれで終わりです。』

玄関ドアを開けて箒をかける。

玄関前も少し残った雪を除けてカイルはふうっと息をはいた。

『終わり~。』

まだ外は雪景色だ。

しかし陽射しはとても暖かくなっている。

辺りを見回して家に入ろうとしたとき、遠くの方で車のエンジン音が聞こえた。

車はこの家の前を一度通り過ぎ、ゆっくりとバックして戻ってきた。

カイルがじっとそれを見ていると家の中からシヴァがやってきた。

『どうした?』

『いえ、車が。』


カイルが指差した方を見てシヴァは眉をひそめる。

紫色の車から降りてきたのは背の高い男だった。

男は荷物を持ち顔を上げるとカイルたちに気がつき破顔した。

『やあ!シヴァ!』

シヴァは一瞬で真顔になり、カイルを家へ連れ込むと玄関ドアを閉めた。

『あの。』

カイルがシヴァを見上げると、同時に玄関ドアがドンドンと叩かれる。

『閉めるんじゃないよ!まったく、シヴァ!』

少ししてカチリと鍵が開く音がしドアが開く。

シヴァはうんざりした顔をした。

『何故ここがわかった?私はお前に連絡してないだろう?』

男は着ていたコートを脱いで、シヴァの後ろにいるカイルに手渡す。

『何を?そんなの君のデータが変更されれば見るでしょうに。』

カイルはコートをポールハンガーにかけると、男の姿をまじまじと見る。

すらりとした体にあつらえたスーツを綺麗に着こなしている。

靴は雪で少し汚れているがピカピカだ。

二人の後を追い部屋に戻ると、今にも噛み付きそうな雰囲気のシヴァと、ゆったりくつろいでいる男がいた。


『何をしにきた?』

男はシヴァの言葉にふふと笑い、カイルを見つけると手を擦り合わせた。

『暖かいお茶をいれてくれるかな?』

『はい。』

カイルは急ぎお茶を入れ、二人の前に差し出した。

『ああ、美味しい。外はとても寒かったから助かったよ。』

『いえ。』

男がすっとカイルの手を握りそうになったのを見て、シヴァがカイルを引き寄せた。

『触るな!』

切れ気味のシヴァに男は両手をヒラヒラさせる。

『酷い言われようだ。もうじき来る頃だろうと思ってこうして僕から来てあげたのに。』

男はゼロと名乗った。

『それで…何をしにきた?』

シヴァの声がぐっと低くなる。

『ああ、もう。新しいサンプルも出来たから先に渡してあげようと思っただけだよ。』

ゼロは持ってきた鞄を開けると透明のピルケースを取り出した。

ケースには二十個ほどの小さな薬が入っているようだ。

『そうか。…邪険にしてすまなかった。』

シヴァが受け取るとピルケースをパチリと開く。


『何種類かあるんだけど、一つは純正、そっちのピンクはジャンキー、で白赤がミックス。下の黒いのは僕が科学的に作ってみたもの。』

『ふうん。』

シヴァは黒いカプセルを取り出すとパキンと折って手の上に出した。くんと匂いを嗅いで首を横に振る。

『お前、これ舐めてみたか?』

ゼロはハハと苦笑いをする。

『まさか。』

シヴァはほんの少しだけ舌で舐め取るとすぐに口をぬぐった。

『ろくでもないものを作るんじゃない。こういうものが出回るからジャンキーも増えるんだ。』

そして純正といわれた赤いカプセルをパキンと折りそれを口に入れた。

ごくりと喉が上下してシヴァの髪がざわっと立ち上がる。大きく息を吐くとカイルを見た。

『大丈夫だ。これはちゃんとしたものだ。』

『大当たり!しかも純潔の人間の血、珍しく手に入ったんだ。』

ゼロは嬉しそうに笑うとカイルを見た。

『君もヴァンパイアでしょ?一つ試してみたら?』


『え…。』

カイルは戸惑ってシヴァの顔を見る。

シヴァは微笑むとカイルの手を引き顔を近づけた。

唇が触れて彼の舌が進入してくると、背中からぞわっと何かがい上がるような気分がした。

シヴァが唇を離してカイルをじっと見る。

『少量でこれほど強い、君には強いんではないか?』

今まで口にしてきた血よりも濃い、間接的ではあるがこれほど強いと渇望かつぼうしそうだ。

カイルはシヴァのお茶を少し飲むと頷いた。

『強いですね。確かに…危険かもしれません。』

その様子をにやにやと見ているゼロは、ふうんと椅子にもたれて足を組んだ。

『今度僕のところへ来たら君に合うカプセルを作ってあげるよ。もちろんシヴァにもね。』

ゼロがシヴァからピルケースを受け取ると鞄にしまう。

その時シヴァの部屋から電話の鳴る音がして、シヴァは足早に部屋に戻った。

カイルはゼロと二人残されて、少し居心地の悪さを感じながら、暖炉の火を確認する。

その後ろでゼロはじっと見ているのか、カイルは背中に視線を感じていた。

シヴァは電話を片手に戻ってくると、少し長くなると断り部屋に戻る。


カイルは仕方なく立ち上がるとゼロを見た。

『あの、もしよかったらお茶のお代わりはいかがですか?お菓子もあります。』

『おお、それはいいね。お願いできるかな?』

『はい。』

ゼロの視線から逃げ出して台所でお茶の用意をする。

先日シヴァと一緒に作ったケーキも添えてトレイに乗せる。

『ふうん、素朴なケーキだ。』

真後ろから声がしてカイルが振り返るとゼロが立っていた。

彼は台所をチラチラ見ながら、カイルの背中にぴたりと立ちカイルの髪に触れている。

『君は、ええと…名前をまだ聞いてなかったね。』

『ああ、カイルです。』

カイルは彼の手からすり抜けるようにして距離を取る。

そして台所を出るとトレイを持ち居間へ戻った。

『カイルはどうしてシヴァと?』


『え?』

先ほどまで座っていた椅子にゼロは座り、カイルが出したお茶とケーキに手を付ける。

『さっきも話していたでしょ?シヴァのデータが更新されて、同居人が増えていた。ずっと一人だったのに突然誰かと暮らし始めるなんて不思議に思ってね。』

『ああ、それは。その…私が行き場所がなくて。』

カイルは何故か自分が森から来たことを隠した。

『ふうん、まあそういうこともあるね。君はまだ幼いし…。』

フォークでケーキをつつきながらゼロは視線を上げる。

『まだ幼い少年だ。けれどヴァンパイアなら美しくなる。シヴァのように。』

全てを見透かすような目にカイルは視線を逸らす。

『君のような子が売られて酷い眼にあったのを沢山見てきた。僕は医者だからね。希少種というのは怖い、秘薬になると聞くとそれを奪い取るんだ。目玉、舌、心臓…人の欲望は限りないね。』

『そんな酷いことが。』


『ああ、沢山ある。この間も妖精だとかで背中を切られてた。羽根が生えてくるはずだなんて言ってね…でもその子は妖精でもなんでもない普通の子供。背中を切られて神経をやられてね。』

ゼロは少し視線を下とすと悲しそうに微笑んだ。

『ニュースにならないだけ。いつもそうやって酷い目にあうんだよ。だから君のような子がシヴァの元で暮らすのはいいことだと思うよ。 』

『そうですね。』

『シヴァと暮らしていて不便はないかい?』

どこか医者のような口ぶりにカイルはふふと笑ってしまった。

『あ、すいません。なんだかお医者様みたいで。』

『僕は医者だよ、こう見えて高潔なエルフの医者だ。僕しかできないことなんて沢山あるからね。』

『エルフ…。』

『うん、シヴァに聞いていなかったかい?僕は昔からシヴァのことを知っているよ。』

カイルの反応に気付いてゼロはにこりと笑う。


『聞きたいなら話してあげるよ。どうだい?』

『…聞きたいです。』

『ふふ、シヴァと僕はね。随分前…そうだなまだ僕が医者になる前に出会ったんだ。エルフの医者は能力重視なんだけど、人間の世界では色々必要になってね。それで学校に通っていた。シヴァはそこにいてね…彼は詩人だったんだよ。』

『詩人?』

『そう、今もそうだと思うけど。その頃は色んな歌手に詩を書いていたんだ。なんていったっけな…彼の恋人もオペラ歌手でね、その人のために作ったものがとてつもなく売れてね。でも恋人は売れたらそれっきりになってしまったみたいだけど。』

『そんな…。』

『まあ、人生は色々あるからね。そのあとも色んな美しい人が彼の恋人として現れては、僕は嫉妬で狂いそうになったよ。なんでシヴァばかりもてるのかって。』

カイルが噴出すとゼロは眉をひそめる。


『酷いね、君も。』

『すいません、でもあなたは素敵だと思います。私はエルフを見たことがなかったんですが、エルフも美しいと思います。知的な顔をしているし。』

『カイル…君は素敵な人だねえ。』

ゼロがカイルに手を伸ばそうとした時、彼の手を大きな手が掴んだ。

『やめろ、触るな。』

シヴァが電話を終えて戻ってきたのか、カイルを自分の後ろに引き寄せる。

『お前はいつもそうだ。人のものを盗りたがる。』

『また、人聞きが悪いことを言わないでよ、シヴァ、ねえ?』

同意を求めるようにゼロはカイルに声をかける。

カイルは頷くとシヴァの服を小さく引いた。

『大丈夫ですよ。本当に大丈夫です。』

その言葉にシヴァは大きな溜息をつく。

そっとシヴァの指がカイルの頬に触れた。

『大丈夫ではない。肝に銘じてくれないと困る。』

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