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第11話

嵐が去った後のようにシヴァが椅子でうな垂れている。

数時間前にゼロは帰ったものの、どっと疲れが出たのかシヴァは青い顔をして、顔に手を当てている。

カイルは部屋から薄手の毛布を持ってくるとシヴァにかけた。

『ああ、すまん。』

『いえ、疲れましたか?』

『そうだな。奴が来るとドッと疲れる。』

『ふふ、楽しい人でしたよ。いろんなお話を聞けましたし。』

カイルは傍の椅子に腰掛けた。

『いろんな話?』

『ええ、その、昔の話?』

シヴァは顔に手を当てたままでカイルを見た。


『昔の…私の話か?』

『はい…いけませんでしたか?もし駄目なら忘れます。』

『いや、かまわない。それにどうやって忘れるんだ。』

ふふとシヴァが笑う。

『何を聞いたんだ?私も聞く権利はありそうだが?』

『えと…シヴァが昔詩人だったと。』

『ああ。それで?』

『その、当時の歌手の人に沢山詩を書いていたと聞きました。』

『うん。それから?』

『オペラ歌手の人にも書いたって…それがすごく売れたけど、その人はそれっきりになったと。』

カイルが話し終えるとシヴァは顔に置いていた手を少しずらした。

口元だけが見えるが動きそうにない。


『すいません。余計なことでしたね。』

カイルは頭を下げた。

けれどシヴァは少しの間動かず、胸が大きく上下すると大きく息を吐いた。

ゆっくりと起き上がり椅子に座りなおす。

『シヴァ…その、ごめんなさい。』

『いや、怒っているわけじゃない。ただ情報に誤りがある。』

『え?』

シヴァは片手で頬杖をつき優しく微笑んだ。

『彼女は売れたから私と別れたわけじゃない。病気でもあった。私と彼女では種族が違う。彼女は人間で私とは時間の長さが違う。ヴァンパイアだと知っても許してくれた。美しい人だった。』

『じゃあ…ゼロさんの言ってたことは殆どが嘘?』

『ハハ、そうでもない。少し誇張が入っているがおおむねそうだろう。』

シヴァはカイルに手を伸ばす。

『こっちにおいで。』

カイルはシヴァの傍に行くと彼の椅子の肘掛ひじかけに腰をおろした。


『奴もエルフだからな。エルフも同じくらいに長く生きる。カイルは初めてだったか?』

『はい、エルフはゼロさんが初めてです。』

『そうか。エルフというのはああした変り種ばかりではないんだがな。奴が少々おかしいだけで。でも医者としての腕は確かだ。今日奴が持ってきた…カプセルを開発したのはゼロだ。おかげで助かってはいるんだが、奴はヴァンパイア以外にもあれを売っている。若返りの薬になるそうだ。金持ちの連中や美に執着しゅうちゃくしたものがこぞって買いにくるらしい。法外な値段で。』

『え?じゃあ…すごく高価なものなんですか?』

『いいや。我々は薬として必要だからそれを買う。適切な値段で。けれどそうでないものたちには嘘も方便らしい。』

カイルが視線を落とすとシヴァは指先であごをすくった。

『気にすることじゃない。欲望というのは尽きん。我々だってあれがしたい、そう思えばするしそれだけのことだ。手段が違うだけ。』

『そうですね。』


カイルはそう言うも口をつぐんだ。

『どうした?』

『なんだか色んな気持ちになってしまって。欲望を満たすことが全ていい事なのかって。』

ふふとシヴァは笑う。

そしてカイルの背中に手を伸ばし、もう片方で足をすくいあげると自分の膝の上に座らせた。

『沢山悩めばいい。そうすれば君はもっと賢くなれる。沢山の選択肢が得られる。』

急に顔が接近してカイルの顔が真っ赤になる。

シヴァは知ってか知らずかカイルの頭を抱き寄せる。

『長く生きるためにも必要なことだ。彼女もそうだった…。』

『彼女?』

『オペラ歌手だ。彼女は永遠に生きる私と寄り添いたいとは願わなかった。だから私が書いた詩を歌った。歌は永遠だと。私の心にも誰かの心にもいつまでも寄り添うと。』

シヴァは優しい声でそっと歌う。


世界の果てで待っていて あなたが滅んでしまっても

私は星になりあなたの傍で輝いている

世界の果てで抱きしめて 私はあなたの全てになる

この世界が朽ちてしまっても 

星の輝きは消えない 永遠はいつまでも続き

私たちはまた見知らぬものとなり愛し合う

記憶の隅で思い出す 私たちが愛し合った日々を

忘れてしまっても 滅んでしまっても


カイルは目を閉じて彼の歌を聞く。

優しく響き、初めて聞いた時よりも、胸の奥深くまで何かが届くような気がした。

シヴァが歌い終えて、ふふと笑う。

目を閉じていたカイルの頭を撫でた。

カイルはそっと目を開きシヴァの顔を見る。

その目には涙が零れて、指先でそれをぬぐうとカイルはシヴァにキスをした。

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