嵐が去った後のようにシヴァが椅子でうな垂れている。
数時間前にゼロは帰ったものの、どっと疲れが出たのかシヴァは青い顔をして、顔に手を当てている。
カイルは部屋から薄手の毛布を持ってくるとシヴァにかけた。
『ああ、すまん。』
『いえ、疲れましたか?』
『そうだな。奴が来るとドッと疲れる。』
『ふふ、楽しい人でしたよ。いろんなお話を聞けましたし。』
カイルは傍の椅子に腰掛けた。
『いろんな話?』
『ええ、その、昔の話?』
シヴァは顔に手を当てたままでカイルを見た。
『昔の…私の話か?』
『はい…いけませんでしたか?もし駄目なら忘れます。』
『いや、かまわない。それにどうやって忘れるんだ。』
ふふとシヴァが笑う。
『何を聞いたんだ?私も聞く権利はありそうだが?』
『えと…シヴァが昔詩人だったと。』
『ああ。それで?』
『その、当時の歌手の人に沢山詩を書いていたと聞きました。』
『うん。それから?』
『オペラ歌手の人にも書いたって…それがすごく売れたけど、その人はそれっきりになったと。』
カイルが話し終えるとシヴァは顔に置いていた手を少しずらした。
口元だけが見えるが動きそうにない。
『すいません。余計なことでしたね。』
カイルは頭を下げた。
けれどシヴァは少しの間動かず、胸が大きく上下すると大きく息を吐いた。
ゆっくりと起き上がり椅子に座りなおす。
『シヴァ…その、ごめんなさい。』
『いや、怒っているわけじゃない。ただ情報に誤りがある。』
『え?』
シヴァは片手で頬杖をつき優しく微笑んだ。
『彼女は売れたから私と別れたわけじゃない。病気でもあった。私と彼女では種族が違う。彼女は人間で私とは時間の長さが違う。ヴァンパイアだと知っても許してくれた。美しい人だった。』
『じゃあ…ゼロさんの言ってたことは殆どが嘘?』
『ハハ、そうでもない。少し誇張が入っているがおおむねそうだろう。』
シヴァはカイルに手を伸ばす。
『こっちにおいで。』
カイルはシヴァの傍に行くと彼の椅子の
『奴もエルフだからな。エルフも同じくらいに長く生きる。カイルは初めてだったか?』
『はい、エルフはゼロさんが初めてです。』
『そうか。エルフというのはああした変り種ばかりではないんだがな。奴が少々おかしいだけで。でも医者としての腕は確かだ。今日奴が持ってきた…カプセルを開発したのはゼロだ。おかげで助かってはいるんだが、奴はヴァンパイア以外にもあれを売っている。若返りの薬になるそうだ。金持ちの連中や美に
『え?じゃあ…すごく高価なものなんですか?』
『いいや。我々は薬として必要だからそれを買う。適切な値段で。けれどそうでないものたちには嘘も方便らしい。』
カイルが視線を落とすとシヴァは指先で
『気にすることじゃない。欲望というのは尽きん。我々だってあれがしたい、そう思えばするしそれだけのことだ。手段が違うだけ。』
『そうですね。』
カイルはそう言うも口をつぐんだ。
『どうした?』
『なんだか色んな気持ちになってしまって。欲望を満たすことが全ていい事なのかって。』
ふふとシヴァは笑う。
そしてカイルの背中に手を伸ばし、もう片方で足をすくいあげると自分の膝の上に座らせた。
『沢山悩めばいい。そうすれば君はもっと賢くなれる。沢山の選択肢が得られる。』
急に顔が接近してカイルの顔が真っ赤になる。
シヴァは知ってか知らずかカイルの頭を抱き寄せる。
『長く生きるためにも必要なことだ。彼女もそうだった…。』
『彼女?』
『オペラ歌手だ。彼女は永遠に生きる私と寄り添いたいとは願わなかった。だから私が書いた詩を歌った。歌は永遠だと。私の心にも誰かの心にもいつまでも寄り添うと。』
シヴァは優しい声でそっと歌う。
世界の果てで待っていて あなたが滅んでしまっても
私は星になりあなたの傍で輝いている
世界の果てで抱きしめて 私はあなたの全てになる
この世界が朽ちてしまっても
星の輝きは消えない 永遠はいつまでも続き
私たちはまた見知らぬものとなり愛し合う
記憶の隅で思い出す 私たちが愛し合った日々を
忘れてしまっても 滅んでしまっても
カイルは目を閉じて彼の歌を聞く。
優しく響き、初めて聞いた時よりも、胸の奥深くまで何かが届くような気がした。
シヴァが歌い終えて、ふふと笑う。
目を閉じていたカイルの頭を撫でた。
カイルはそっと目を開きシヴァの顔を見る。
その目には涙が零れて、指先でそれをぬぐうとカイルはシヴァにキスをした。