(どえらいイケメンだな)
結婚相手を見た第一印象はその一言に尽きる。顔だけでいえば担当しているイベントの人気ゲームキャラクターと同等、いや、それ以上かもしれない。金髪碧眼の美形を見ながら、慧人は「まさかゲームキャラに勝てるリアル人間がいるなんてなぁ」としみじみ思った。
そんなイケメンすぎる顔に比べて態度はあまりよくない。よくないというより完全にこちらを無視している。結婚相手が目の前に座っているというのに視線を向けることがなく、左手にはソーサーを、右手でカップを持ち優雅に紅茶を飲んでいた。
(高そうな食器だな)
イケメンが持っているものを見てそう思った。紅茶が注がれたカップは自分の前にもあるが、それも高価そうに見える。なんなら置いてあるテーブルも自分が座っているソファもめちゃくちゃ高そうだ。家具や食器に詳しくはないが明らかにそんな匂いがプンプンする。
(屋敷からして「ケイト」の家と同じくらい金持ちってことか)
それにしても……と向かい側に座るイケメンを見た。自己紹介すらしてくれないため名前はわからない。「自己紹介しろって言われても俺のほうが困るけどさ」と思いながら、これから先の結婚生活についてあれこれ考えた。
(たぶん、いや間違いなく政略結婚ってやつだな)
だから目の前のイケメンはこっちを見ようとしないのだろう。政略結婚ならわざわざ仲良くする必要はなく、「ケイト」と家族の関係からして実家に泣きつく心配もない。おそらくそういったことをすべて理解したうえでのこの態度に違いない。
(「ケイト」と家族の間に何があったかもさっぱりだし、どういう経緯でイケメンと結婚することになったのかもさっぱりだ)
おかげでこちらから話しかけることすらできなかった。いや、下手に話しかけておかしなことになるより黙っていたほうがマシか。そう考え直した慧人は、ほかにやることがないため向かい側に座る結婚相手を観察することにした。
(まさか外国人と結婚することになるとは思わなかった)
この世界に外国人という概念があるのかわからないが、少なくとも慧人にとって金髪碧眼は外国人だ。それとも自分のほうが外国人なのだろうか。
(それにしても、見れば見るほど綺麗な顔してんなぁ)
後ろで一つに結ばれた金髪は驚くほどキラキラ光っている。こちらを見ることがない碧眼は、男の後ろにある窓から見える空と同じくらい澄んでいた。そんな極上のイケメンと自分が結婚するというのは、なかなかシュールな絵面のような気がする。
(アラフォーのおじさんと結婚しなきゃいけないなんてな……って、そういや今はピチピチの若者だったっけ)
見た目は若くても顔の造作があまりに違いすぎる。こんな美形の隣に立ったら霞むどころか消えてなくなりそうだ。
(このイケメンも二十代か、もしくは三十代前半ってところだな)
落ち着いているからか雰囲気的には三十代に見えなくもない。それでも自分よりは年下だろう。
(こんな金持ちでイケメンなのに、男と結婚しないといけないなんてかわいそうに)
何もかも恵まれていそうな金持ちのイケメンでもこんなことになるのかと考えると、いっそ憐れに思う。不意にイケメンが視線を上げた。澄んだ碧眼がじっと慧人を見る。
「予想どおりではあるな」
聞こえてきた声に「イケメンは声までイケメンかよ」と羨望半分、感心半分といった気持ちで見つめ返した。しかし視線が絡むことはなく、イケメンは値踏みするように慧人のあちこちを見ている。
「無駄口を叩くことがなく従順で大人しい。余計な詮索はせず、ただ静かにそこにいる。お飾りとしては十分だ」
お飾りという言葉に「やっぱりな」と納得した。最初からそんなふうに考えていたからこその態度なのだろう。おそらくあの父親らしき男がそう説明したに違いない。
(厄介払いって感じか……いや、それだけじゃなさそうな気もするけど)
向こうはそれで清々するのかもしれないが、それじゃイケメンにはメリットがないように思える。向こうが貧乏なら息子を差し出す代わりに金銭的な援助を、という話になるかもしれないが、向こうも住んでいるのはベルサイユ宮殿だ。そもそも「ケイト」にそんな価値があるとは思えない。
(やっぱりバッドエンド的なフラグとか……?)
まるで他人事のような気持ちで「ケイト」のこれからを想像した。異世界に来てまだ三日しか経っていないせいか、自分事として受け止めるのはなかなか難しい。
(それにしても「ケイト」も大概しんどそうな人生送ってるなぁ)
豪邸という表現では収まらないような家に住んでいたお坊ちゃんだというのにこの扱いだ。どの世界も生きるのは大変そうだとため息が漏れそうになり、慌てて呑み込んだ。
「部屋は用意してある。好きに過ごすといい」
ソーサーとカップをテーブルに置いたイケメンがさらに言葉を続けた。
「結婚という形ではあるが伴侶としての役目を求めることはない。当然夜も別だ」
「夜も別」という言葉にドキッとした。「結婚ってことはそういうことも含まれてたのか」と今さらながら気づく。
(男同士で……いやぁ、ないな)
相手はとんでもない美形だが、さすがに男とそういうことをしたいとは思わない。そもそも自分相手では向こうもそんな気にならないだろう。たとえ今の自分が「ケイト」と呼ばれる若者でも平々凡々な見た目だ。この見た目に同性が欲情するとは思えない。
(政略結婚、万々歳ってところだな)
ただのお飾りなら「ケイト」の記憶がなくてもなんとかなる。この屋敷にいるだけでいいだけならお安いご用だ。
「あぁ、言い忘れるところだった。朝食だけは一緒に食べるように。それ以外の食事は部屋に用意させる」
どうやら“お飾り”の役目は朝食だけらしい。周囲の目を気にしてのことだろうか。「以外と真面目なのか?」と思いつつ返事をしようとしたが、慧人が口を開くより先にイケメンの碧眼がドアへと向いた。そうして「ファントス」と呼ぶと、すぐさま「失礼します」と言って慧人を部屋まで案内した男が姿を現す。
「部屋へ案内してやれ」
「わかりました」
どうやら対面はこれで終了らしい。なんともさっぱりした結婚の挨拶だ。一応の礼儀として頭を下げたもののイケメンが反応することはない。思わず「挨拶もできない若者は嫌われるぞ」なんて心の中で注意しながらドアへと向かった。
(さぁて、これから毎日何をして過ごすかな)
予定が何もない日々なんて久しぶりすぎて何も思い浮かばなかった。「まずはゆっくり寝て……そうか、昼寝もしたい放題ってことか」なんて寝ることばかり考えてしまう。
廊下を歩きながら、ふと窓に目が向いた。外には会社の窓から見たのと同じ青空が広がっている。馬車で見たときは同じだと思ったがどこか違うようにも見えた。
(異世界万歳)
気持ちがまったくこもっていない言葉を心の中でつぶやきながら、執事らしき男の後に付いていった。