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第7話 天使のような少年、その正体は

「会えてよかったです」


 低すぎず高すぎない少年特有の声に、慧人は「声まで天使か」と思った。


(天使みたいな子って本当にいるんだなぁ)


 結婚相手を見たときも驚いたが少年も驚くほど整った顔をしている。担当していたイベントのゲームに天使のようなキャラが登場するが、そのキャラが目の前に現れたと思ったくらいだ。「この子ならあのキャラの衣装、めちゃくちゃ似合っただろうな」なんてことまで想像し、気がつけばじっと見つめていた。


「何を読んでるんですか?」


 動きを止めた慧人が気にならないのか、天使が小さく首を傾げながらそう尋ねた。視線は慧人が読んでいた本に向いている。


「あ、ええと、ちょっと王国記って本を読んでて」

「王国記、ですか?」


 一瞬目を見開いた少年がページを覗き込んできた。どうやら初対面でもグイグイくるタイプらしい。


(うーん、どうしたもんかな)


 チラッと少年の顔を見る。相手がただの子どもなら一緒に本を読むという選択肢があったかもしれない。だが、この天使が誰なのかわからない。こういうときは余計なことをしないのが一番だ。


(「ケイト」と似たような格好をしてるってことは、この家の関係者かもしれないしな)


 胸元にヒラヒラがたっぷりついたシャツ、それに茶色のズボンは古めかしいデザインながら「ケイト」に用意されたものとよく似ている。靴もピカピカで、どこからどう見てもお坊ちゃんにしか見えない。もしこの家の関係者だとしたらあまり話しかけないほうがいいはずだ。


(俺、疑われてるっぽいしな)


 ファントスがたまに見せる表情から慧人はそう推察していた。もしかしたら結婚相手に命令されて見張っているのかもしれない。そうなると、この天使も結婚相手が寄越した見張り役の可能性がある。


(それにしてもこの世界って美形率が高いなぁ)


 ページを眺めている少年の横顔を見ながら思わずそんなことを思った。断トツは結婚相手のイケメンだが、よくよく思い返せば「ケイト」の家族もそれなりだった気がする。母親らしき女性はいわゆる美魔女のような雰囲気で、ひげ面だった父親らしき男性もおそらく若い頃はモテていたに違いない。隣に座っていた弟らしき人物の顔ははっきり見ていないものの、チラッと見た横顔はそれなりに整っているように見えた。


(家族はそんな感じなのに、こいつだけ平凡ってのは遺伝子のイタズラってところか)


 そのせいでのけ者にされていたのだろうか。そうだとしたら「ケイト」が憐れすぎる。そんな「ケイト」の中に異世界転移した自分はどうなのだろう。

 ふと「異世界転移ガチャ」という言葉が浮かんだ。「ケイト」の中に異世界転移した自分はハズレを引いたことになるのかもしれない。「マジか」とため息が漏れそうになった慧人に「これ、おもしろいですか?」と少年が顔を覗き込んできた。


「あー……まぁ、おもしろい、かな」


 無難な返事をすると、「ふーん」とつぶやいた少年が再びページをじっと見る。


「もしかして精霊のこと調べてるんですか?」

「え?」

「だってここに“精霊の恵みについて”って書いてあるから」


 少年が「ほら」と言いながらページを指さした。そこにはたしかに“精霊の恵みについて”という見出しがある。ページを見ていた碧眼が再び慧人をじっと見た。


「どうして精霊のことを調べているんですか?」

「いや、別に調べてるわけじゃないけど……」

「でもこの本、古い精霊の話がたくさん書いてありますよね?」


 そうだったのか。目次にやたらと精霊の文字があるなとは思っていたが精霊の説明だとは思わなかった。


「みんな知ってることなのに、どうして今さら調べようと思ったんですか?」


 少年の言葉から、精霊がこの国の人たちにとってどういう存在なのかなんとなく見当がついた。おそらく調べないといけないほどマイナーな存在ではなく、調べようと思うほど特別な存在でもないということなのだろう。


「あー……そっか、そうだよな」

「そうですよ。精霊がいるのは当然のことだし、今さらこんな古い本で精霊のことを調べようなんて思う貴族はいません。それに精霊のことは占術師や玉条ぎょくじょうの家に任せるものだと誰もが知ってます」

「せんじゅつし?」

「まさか、占術師を知らないんですか?」


 少年の顔が訝しがるような表情に変わった。もしかして「せんじゅつし」というのもこの国ではメジャーな存在なのだろうか。「マジか」と思いながらページをチラチラと盗み見る。どこかにそれらしい言葉が書いてないかと探していると「占術師」という文字が目に入った。おそらくこれが少年の言う「せんじゅつし」に違いない。


(占術……字面からすると占い師か?)


 それとも日本のイタコみたいなものだろうか。眉間に皺を寄せながら考え込む慧人を、少年はなおもじっと見ていた。視線に気づいた慧人が慌てて愛想笑いを浮かべたものの、少年の視線が逸れることはない。


「あなたは本当にケイト様ですか?」


 直球の質問に愛想笑いが引きつった。


「ええと、どういう意味かな」

「僕が耳にしていた噂の人物像とは違うような気がしたので」

「ど、どんな噂なんだろうなぁ」


 額にじわりと汗が滲む。どう誤魔化そうかあれこれ考える慧人の耳にドアの開く音が聞こえた。


「ケイト様、そろそろ昼食の時間に……これはこれは」


 入ってきたのはファントスだった。昼食時になるといつも迎えに来るが、ちょうどその時間になったのだろう。思わずホッと息を吐き、通路を振り返った少年の様子をそっと見守る。


「もう昼食の時間?」

「はい。それよりなぜこちらに?」

「噂の結婚相手を見たかったんだ。朝食後は書庫にいるって聞いてたけど本当だった」

「明日の朝食時に紹介するというお話になっていたはずですが」

「そうだけど、我慢できなくて」


 にこりと微笑む顔はやはり天使にしか見えない。同時に油断ならない子どもだとも思った。


(やっぱりこの家の関係者だったのか)


 ファントスの態度からそう確信した。あとはどういった関係者か知りたいところだが、一番気になるのは「ケイト」ではないと疑っているこの少年から結婚相手に何かしら報告されるのではということだ。「まいったな」と眉を寄せる慧人に「あ! すっかり忘れてました」と少年が背筋を伸ばす。


「初めまして。義理の弟のジェレミです」

「初めまして……って、義理の弟……?」

「はい。だってケイト様は兄様と結婚したんでしょう? じゃあ僕は義理の弟です」


 慧人の頬がヒクッと引きつった。


(まさか結婚相手の弟だったとは……)


 これは詰んだかもしれない。「僕が耳にしていた噂の人物像とは違うような気がしたので」と口にしたときの天使、もとい義理の弟の表情を思い返した慧人は、思わず天を仰ぎたい気分になった。

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