目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第8話 兄弟との昼食、訪れるピンチ

 ここに来てから結婚相手と一緒に昼食を食べるのは初めてだ。それどころか結婚相手の家族が同席すること自体初めてになる。


(弟ということは小姑ってやつか? いや、それはお姉さんとか妹とかのことだったっけ?)


 そんなことを思いながらパンをかじる。


(こうして見たら確かに似てる……か……?)


 向かい側に座る結婚相手と、なぜか自分の隣に座った弟ジェレミをチラチラと交互に見た。たしかに似ているような気はするものの、同じ金髪碧眼だからそう見えるだけかもしれない。身近に外国人がいなかったせいか、慧人には似ているかどうかよくわからなかった。


(それにしてもえらく年の離れた兄弟だな)


 ジェレミの話では自分は十二歳で兄は二十九歳だと言っていた。普段は別の家に両親と住んでいるらしく、小さい頃はこの屋敷に住んでいたとも話していた。ちなみにジェレミと両親が住んでいるのは別邸らしい。


(別荘じゃなくて別邸なんて、さすがは金持ちってところか)


 向かい側に座る結婚相手を見る。いつもと変わらずこちら側に視線を向けることもなければ話しかけてくる様子もない。弟がいてもそれは変わらないらしい。「下手に話しかけられてボロが出ても困るからいいけど」と思いながら、焼いたチキンをぱくりと食べた。


(見た目も味もチキンっぽいけど、異世界にも鶏っているんだな)


 この柔らかさはもも肉か、なんて思いながら味わっていると「ケイト様」と呼びかけられ一瞬咀嚼が止まった。隣を見ると天使のようなジェレミがこちらを見ている。何を言われるのだろうと警戒心を抱くのと同時に、様付けで呼ばれる居心地の悪さを感じながらゆっくりとチキンを飲み込んだ。


「食事が終わったらまた書庫に行くんですか?」

「一応、そのつもりだけど」

「ケイト様は勉強熱心なんですね」

「いや、そういうわけじゃなくて」

「でも、この国の歴史を調べているんでしょう? それとも精霊の本を読みに行くんですか?」

「いや、ほかにもおもしろそうな本があれば読みたいなぁと思ってるっていうか……」

「それじゃあ僕がお手伝いしてあげます。ケイト様はどんな本が好きですか? やっぱり精霊関係の本がいいですか?」

「あー、それは……どうかなぁ」


「ははは」と笑いながら結婚相手を見た。今の会話にも興味がないのか、こちらを見る様子はない。食事はすっかり終わったようで朝と同じように優雅に紅茶を飲んでいる。


(……精霊って言葉を聞いても反応はないな)


 しつこく精霊の話を持ちかけるジェレミの様子から、てっきり精霊について調べることがまずいのかと思った。ところが何度精霊という言葉が出てきても結婚相手が反応することはない。それでも気をつけたほうがいいと自分に言い聞かせながら付け合わせのトマトを口に入れる。


「兄様、ケイト様はとても勉強熱心なんですよ。王国記なんて古い本を読んだり、古い精霊の話にも興味があるみたいなんです。でも、ちょっと変わってますよね?」


 ジェレミの言葉に、口に入れたトマトを噛まずにそのまま飲み込んでしまった。喉につかえるような不快感に慌てて水で流し込む。隣を見ると「そういえば占術師のことも調べるんですか?」と言いながらジェレミが無邪気な笑顔を浮かべていた。


「いや、何を読むかはとくに決めてないっていうか……暇だから本でも読もうかなと思っただけで」

「暇だからといって毎日書庫に行く貴族はあまりいないと思います。やっぱりケイト様は勉強熱心です」

「そっか、そうなんだ……はは、ははは」


 こういうときは笑って誤魔化すしかない。というより慧人にはそれしか誤魔化す方法が思い浮かばなかった。頬を引きつらせながら向かい側を見るが、この状況にも興味がないのか結婚相手がこちらを見る素振りはない。


(イケメンがどう思ってるかはわからないけど、弟のほうは間違いなく俺のこと怪しんでるよな……それにしてもやけに精霊のことばかり言うのはどうしてだ?)


 やっぱり精霊のことを調べるのはこの国の人にとっておかしな行動なのだろうか。それとも「ケイト」がやるのがおかしいということだろうか。「ケイト」のことがわからないため何もわからない。「さっさと食べ終えて逃げたほうがいいかもな」と思い始めた慧人の隣で、ジェレミが「わざわざ精霊と占術師のことを調べるなんて、とても勉強熱心だと思いませんか?」と口にした。

 慧人の喉がごきゅっと変な音を立てた。ジェレミの声色が変わったと感じたからだ。そのことに結婚相手も気づいたのか、紅茶を一口飲んでからゆっくりと視線を弟に向ける。


「それに噂で聞いていた人物像とは随分違う気がします」


 とどめの言葉に「結局それが言いたかったのか」と目を閉じた。小さく息を吐きながら目を開け、手にしていたフォークを皿に置く。愛想笑いを浮かべることもできずに残っている二切れのチキンをじっと見つめた。


「ケイト様、どうして精霊や占術師のことを調べているんですか?」


 直球の質問にグッと喉が詰まった。誤魔化そうと思ったものの、なぜ精霊や占術師の本を読むのがタブーなのかわからないため誤魔化しようがない。それに下手なことを言えば「ケイト」じゃないとますます疑われてしまいそうだ。だからといってだんまりも余計に不審がられるだろう。


(どうする? どう答えるのが正解だ?)


 頭の中を巡るのは「どうする?」という言葉だけだ。まるで大きな案件でクライアントに詰められているような重苦しい気持ちになり、嫌な汗が首筋を流れていく。


「ジェレミ、そのくらいにしておけ」


 向かい側から聞こえてきた声に、そっと視線を上げた。初日以来、久しぶりに聞いた結婚相手の声は相変わらずイケボと言いたくなるような声だ。チラッと隣を見ると、ジェレミの眉がほんの少し寄っている。


(まるで親に叱られた子どもみたいな顔だな)


 しかし、その顔もすぐに天使の笑顔に戻った。


「はい、ルイス兄様」


 返事をする声も天使のままだ。それでも慧人の耳にはジェレミの声が少しだけ悔しがっているように聞こえた。


(そういや名前、やっとわかった)


 ジェレミのおかげでようやく結婚相手の名前を知ることができた。頭の中で「兄貴がルイス、弟がジェレミ」と何度かくり返した慧人は、隣に座る天使には十分気をつけなくてはと肝に銘じた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?