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第11話 書庫で見つけた謎の本

「ケイト」が予想の斜め上をいく身の上だとわかったものの、そのことで慧人の日常が変わることはない。唯一変化したのは書庫で読む本が完全に精霊に関係するものばかりになったことくらいで、ジェレミは変わらず慧人について回り、ルイスの無関心さも変わらなかった。

 朝食は食堂で美形兄弟と食べ、その後はジェレミと一緒に書庫へ行く。最近読んでいるのは精霊と占術師の本で、どこまでが真実でどこからが創作かわからないものの占術師の役割はなんとなく理解できた。


(占術師と呼ばれる人たちが精霊の言葉を聞いて国を豊かにしてるって感じか)


 実際に精霊がいるのか、精霊の言葉やらを占術師が本当に聞くことができるのかはわからない。だが占術師は実在していて国王の側近的な立場にあることはわかった。その占術師を輩出しているのが玉条と呼ばれる一族らしく、第一爵や第二爵と呼ばれる貴族とは別格の扱いをされていることもわかった。


(でもって、母親はその玉条とやらの出身、と)


 これはジェレミに教えてもらったことだ。ちなみに今の占術師は従妹いとこだそうだから、そういう意味でも「ケイト」や丹下公が精霊絡みで何か企んでいるのではと警戒したのだろう。


(建国記にも歴史の本にも藤桜香山って名前は載ってたし、美形兄弟はそれだけ古い家柄とお偉いさんの家が結婚して生まれたとんでもない坊ちゃんたちってことなんだろうなぁ)


 日本にも皇族や有名武将の子孫と呼ばれる人たちはいるし、世界を見れば爵位持ちの貴族や王族もいる。そういう選ばれた人たちの中に庶民の自分が放り込まれたということだ。しかも「ケイト」自身は国王の血を引く貴族のご子息様ときている。そんなとんでもないことを聞かされたというのに、相変わらず慧人に「ケイト」の記憶はない。「面倒くさいことになってきたな」と思いながら精霊の本が並ぶ棚を見る。

 正直、精霊の本をこれ以上読んだところで何かがわかるとは思えなかった。それなのになぜか気になって仕方がない。何がそんなに気になるのかわからないまま、今日も慧人は精霊の本が並ぶ棚の前で本を物色していた。

 ちなみにジェレミは三つ隣の本棚で香山の歴史について書かれた本を読んでいる。毎日調べ物をする自分に触発されたのか、身近なことから読んでみようという気になったらしい。


(やっぱり素直で真面目な子なんだな……って、なんだこれ)


 ふと、一冊の本が目に留まった。背表紙のタイトル部分に記号が並んでいる。こんな背表紙を見たのは初めてだ。取り出すと表紙のタイトルも記号で書かれている。中身をペラペラとめくってみたものの文字よりも記号のほうが多く書かれている気がする。


(いや、記号っていうより……これとかこれは楽譜っぽいような……?)


 ページには文字や記号と一緒に五線譜の一部のようなものが載っていた。線の上には音符らしきものも書かれている。慧人の脳裏に三歳から習っていたピアノの楽譜が浮かんだ。

 慧人は小さい頃からいくつもの習い事をさせられていた。すべて教育熱心だった父親の意向とやらで、小学生の頃は平日の放課後すべてが何かしらのレッスンで埋まっていたくらいだ。おかげで友達と遊んだ記憶があまりない。そんな習い事の中で唯一母親が勧めてくれたのがピアノだった。

 結局、どの習い事も中学に入ったときにやめてしまった。勉強や部活が忙しくなったから、というのは言い訳で、息ができないほど詰め込まれた毎日が嫌でやめる機会を窺っていたのが本音だ。

 その頃から慧人は父親とあまり話をしなくなった。高校に入ってからは顔を合わせることも減り、大学入学と同時に上京してからは電話で話すことすらない。アルバイト生活のときは金がなくて帰省せず、就職してからはブラックすぎる日々に帰省したいという気持ちがわくことすらなかった。


(実家のこと思い出したの、久しぶりだな)


 そのせいか妙な郷愁にかられてしまった。社畜の毎日では母親からたまに届くメッセージすら面倒くさく思っていたのに、ああしたことはもう二度とないのかと思うと気持ちがグッと重くなる。ほとんど思い出さなかった実家の様子が蘇ったからか何かが胸につかえるような気分になった。それを払拭するかのように頭を振り、ページを見る。


(五線譜と記号が並んでるって感じだな)


 五線譜に書かれている音符らしきものから想像すると一小節分くらいだろうか。パラパラとめくるともう少し長いものもあった。ぶつ切りの楽譜を並べ、間に記号なり文字なりを入れ込んだような見た目だ。記号の一部は演奏記号のようにも見える。


(もしかしてこれがこの国の文字なのか?)


 不意に象形文字やヒエログリフを思い出した。一見絵のように見えるがあれらは立派な文字で、もしかしたら目の前にある記号も文字なのかもしれない。それが日本人である自分には記号や譜面のように見えているだけかもしれない。


(なんていうか……ものすごく気になる本だな)


 読めないのに妙に引っかかった。慧人は何かに突き動かされるように本棚を見た。


(ほかに記号が載ってる本があるかもしれない)


 謎の本を持ったまま隣の棚から順番に背表紙を見ていく。そんな慧人に気づいたのか、ジェレミが「お兄様、どうかしましたか?」と言いながら近づいてきた。


「変わった本を見つけたんだけど、ほかにも似たような本があるか探してるんだ」

「変わった本?」

「これなんだけど……」


 そういって差し出した表紙にジェレミが首を傾げる。


「たしかに変わってますね。こんな本、僕も初めて見ました」

「これ、読めるか?」

「うーん、古い文字……とは違うような……なんだろう、これ……」


 どうやらジェレミも読めないらしい。ということは、この国の文字ではないのかもしれない。古代文字のようなものか、それとも外国の文字だろうか。


(でも外国語ならわかりそうなもんだよな)


 たとえ読めなくても文字が読めるジェレミなら外国語だということはわかりそうなものだ。ドイツ語やフランス語が読めない慧人でも、文字を見ればヨーロッパあたりの言葉だろうということくらいはわかる。


(そういやこの世界に外国ってあるのか?)


 なくはないだろうが、これまで読んだどの本にも外国らしき存在の記述はなかった。世界史に出てくるような戦争の話もなかった気がする。


(調べれば調べるほど謎ばっかり増えていくなぁ)


「ケイト」のこともままならないのに、わからないことが多すぎる。気にはなるものの一度に全部を調べるのは骨が折れそうだ。とりあえず気になる謎の本から調べてみるかと、改めて記号で書かれたタイトルを見た。


「ルイス兄様なら知っているかもしれません」


 一緒に謎の本を覗き込んでいたジェレミがそんなことを口にした。


「ルイス……様が?」

「はい。もしこれが精霊に関係する本なら、きっと兄様にはわかると思います。なんたって兄様は玉条の血筋ですから」


 まるで自分のことのように誇らしげに笑っている。そんなジェレミに慧人は小さな違和感を覚えた。


(なんだ……? 今何か変だなと思った気がするんだけど……)


 何かが引っかかったのに、それが何かわからない。そうこうしているうちにファントスが昼食の時間だと呼びに来た。


「昼食は兄様と一緒に食べる。ケイトお兄様も同席する」


 ジェレミの言葉に一瞬間を開けたファントスは、「わかりました」と告げると「用意がありますので先に失礼します」と言って書庫を出て行った。


「お兄様、食事のときにこの本のこと聞いてみましょう」


 そう言ったジェレミが慧人の手から分厚くて大きな謎の本を受け取った。


「持ち出していいのか?」

「大丈夫ですよ」


 にこりと笑ったジェレミが「さぁ、行きましょう」と歩き出す。後ろ姿はやはり誇らしげで、どれだけ兄を慕っているのかがよくわかった。慧人はジェレミの後ろ姿を見ながら「いい子だなぁ」としみじみ思い、謎ばかりが増えていく状況に思わずため息を漏らした。

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