(どこのページもすっかり「ミレミレ」になってしまったなぁ)
精霊が書いた本はそれなりのページ数がある。それなのにどのページの楽譜も「ミレミレ」に変わっていた。しかも「レ」に付いていたシャープがいつの間にかすべて消えてしまっている。これでは本当に『エリーゼのために』だったのかわからない。慧人はやっぱり別の曲だったんだろうかと思いながらページをめくっていた。
(楽譜もだけど、反復記号にはなんの意味があるんだろう)
リピートと呼ばれる反復記号は、記号が付いている部分をくり返して演奏することを意味する。それが五線譜の前後に必ず付いているのだ。
(「ミレミレ」を延々とくり返す……ってのはおかしいし、でもどのページの楽譜にもリピートが付いてるってことはくり返してほしいってことだろうし……)
一小節分しかないのにリピート記号が付いているからかページの中でもやけに目立つ。「もしかして目立たせたいだけか?」と思いながら「ミレ、ミレ」とつぶやいたところで「そういえば」とあることを思い出した。
よく知られている「ドレミファソラシ」はイタリア語の読み方だ。ドレミにほかの読み方があると教えてくれたピアノの先生の言葉が蘇った。
(たしかドイツ語だとツェー……なんだったっけ……?)
ドは「C」と書いて「ツェー」と読む。それは思い出したものの、続きが思い出せない。それならと日本語読みの「イロハニ……」とつぶやきながら「ミレミレ」の音符を見た。
(「ミレミレ」を日本語読みすると「ハロハロ」になるのか……って、ハロ?)
どこかで聞いたことがある単語だ。「ハロハロ……ハロハロ……」とつぶやきながら記憶をたどる。
(そんな名前のキャラがいたような……)
アニメのキャラだっただろうか。それともゲームだっただろうか。そういえば天気用語にもハロみたいな名前の現象があった気がする。もしかしてそうした何かを伝えたくて「ミレミレ」ばかりになっているのだろうか。あれこれ考えながら「ハロハロ」とくり返しているうちに「ハローにも似てるな」ということに気がついた。
「いやいや、ハローってなんだよ」
「それじゃあ英語だし挨拶の言葉だろ」と笑うと、チリンという鈴の音が聞こえてきた。耳を澄ますと、続けてチリンチリンと鳴る。
(そういや書庫でこの音を聞くの、久しぶりだな)
鈴の音が止んだ。もしかしてと思い、耳に集中しながらもう一度「ハロー」と口にする。
チリン。
どうやら鈴の音は「ハロー」の言葉に反応しているらしい。念のためもう一度「ハロー」と言うと、またチリンと鳴った。
(ハローに答えてるとか……?)
まさかなと笑った慧人の耳にまたもやチリンと聞こえる。
ゆっくりと本に視線を落とす。見ていた見開きには三つ、楽譜が書かれている。どれも「ミレミレ」で、ページをめくると今度は五つに増えていた。次のページは六つ、さらにめくると九つとどんどん増えていく。増えるにつれて反復記号が大きくなっているように見えるのは気のせいだろうか。
(ハロー、ハローを何度もくり返せってことか?)
午前中見たときに四つしか載っていなかったページには、なんと十一個もの楽譜が書かれていた。どのページも楽譜の数が増えている。つまり読んでいる端からリアルタイムで書き換えられているということだ。
まさかの展開にページをめくる指が震えた。それでも一ページずつめくり、どんどん増えていく楽譜を見ながら「ハローって、もしかして……」と一つの単語が頭に浮かんだ。「いやいや、さすがにそれはないだろ」と思いつつ、「まさか、挨拶の“hello”じゃないよな?」とつぶやくとチリンと鈴の音が返ってきた。
(……マジか)
目を閉じながら、もう一度「マジか」と口にした。ゆっくりと目を開き、「……こんにちは?」と口にすると少し大きな音でチリンチリンと鳴る。それが慧人の耳には「そうだ、そうだ」と答えているように聞こえた。
(まさか、挨拶したかったってことか?)
本から視線を上げ、さっきより少し大きな声で「こんにちは」と声に出した。すると少し大きめにチリンと返ってくる。念のためともう一度「こんにちは」と言えばチリン! と景気よく音が鳴った。どうやら本当に挨拶したかったらしい。慧人は項垂れながら「はぁ」とため息をついた。
(挨拶したがるなんて精霊ってのは礼儀正しいんだな……って、音符とか記号とかじゃわかりづらいだろ!)
くわっと目を開き、ページを見た。開いたページの楽譜が二十五個に増えている。それが慧人の目には「こんにちは! こんにちは!」と精霊がアピールしているように見えて目眩がした。
(もっとわかりやすく書けよ!)
最初から「こんにちは」だとか「わたしは精霊です」だとか書けばいい話だ。それをあえて楽譜なんてわかりづらいものにして何がしたいのだろう。
(……いや、楽譜じゃなかったら読み飛ばしてたかもしれないか)
実際、楽譜以外の記号や文字は読み飛ばしてしまっている。読んでも大した意味はないと判断したからで、たとえ「精霊です」と書いてあってもスルーしたかもしれない。
だが、それならどうして最初に書かれていた楽譜が『エリーゼのために』だったのだろうか。注目してほしいならほかの曲でもよかったはずだ。それにすぐに「ミレミレ」だけになり『エリーゼのために』は関係なくなってしまった。
(まぁ、ほかの曲だったら知ってる曲だなんて気づかなかったかもしれないけどさ)
慧人にとって『エリーゼのために』は思い出深い曲だ。よく弾いたのは小四か小五のときで、母親が好きだからと毎日のように弾いていた。何度も弾くうちに完全に暗譜して
ピアノを弾いている子どものときの自分を思い出した。そこにチリンと鈴の音が重なる。鈴の音に導かれるように当時のことが蘇った。
(あぁ、そうか)
どうして『エリーゼのために』だったのか、ストンと腑に落ちた。ピアノを弾くことが好きなのだと気づいたきっかけがこの曲だった。だから、精霊は目を付けた。
(精霊ってのは思い出を覗き見することまでできるのか)
しかも本人さえ忘れているようなことをもだ。「心を読む精霊なんて、ますますファンタジーっぽいな」と思いながら「ミレミレ」の音符を見る。
もし別の曲だったら「どうして『エリーゼのために』の楽譜が?」と思うこともなく、その後くり返し何度も本を見ることはなかっただろう。毎日何度も見返さなければリアルタイムで書き換えられていたことに気づくこともなく、精霊の存在を実感することもなかった。
(そう考えると精霊ってのは案外やり手ってことか)
慧人の脳裏に、背中に羽が生えた小さな存在が浮かび上がった。童話や絵本で見る精霊の絵は可愛らしい雰囲気のものばかりで、もし本物の精霊もああいう姿だとしたら「やり手」という言葉は似合わない。だが、注目してもらうためにこんな手の込んだことまでする。
(だからって、音符で挨拶なんて面倒くさいことしなくてもいいだろうに)
もし慧人が複数の音符の読み方を習っていなければ解けなかった難問だ。個人教室で幅広い年齢を教えていた先生だったからこそ演奏以外のことも教えてくれていたわけで、普通のピアノ教室に通っていたなら今も謎の楽譜とただ睨めっこしていたに違いない。
(いや、あれこれ習ってたことすら精霊が読み取ったって可能性もあるのか)
久しぶりに先生の家でレッスンと受けていたときのことを思い出した。同じレッスンには中学生もいて、だから音楽理論だとか声楽だとかの話も出ていたのだろう。
(そういや音符はドレミ読みするのに、長調や短調のときはハ長調とかニ短調とか言うんだよな)
言葉は思い出せても、もう楽譜を見ただけでは長調か短調かなんてわからない。「難しい曲も弾いてたのに、もったいないことした」なんて思いながら「ミレミレ」と書かれた楽譜を見る。同時に「和名の覚え方はね」という先生の声が蘇った。
(イロハニホヘトと書いて、三番目から読み始めれば……って)
思い出した言葉にハッとした。そうだ、ドレミの和名はハニホヘトイロであってイロハニホヘトではない。それじゃあ「ハロハロ」は「ホニホニ」になってしまう。「ホニホニ」では「hello」にはならない。
(マジか)
せっかく意味がわかったのに違ったのかと項垂れながら楽譜を見た。
(……おいおい、嘘だろ)
一瞬錯覚かと思った。だが違う。ページに書かれている音符がゆっくりと移動し始めた。まるで水の上の葉っぱや花びらが流れるようにユラユラと動き、「ミレミレ」だったはずが「ドシドシ」に変わる。しかもページに載っているすべての楽譜が一度に書き換わり始めた。
呆気にとられていると、すべてが定位置にスタンバイしたかのように音符の動きが止まった。しらばくじっと見つめていた慧人は、右手人差し指で音符の上をそっと撫でた。指の腹を見てもインクらしきものは付いていない。おそるおそる擦ってみたものの音符が滲むことはなく、指にインクらしきものが付くこともなかった。
「音符のことオタマジャクシって言うけど、まさか本当にオタマジャクシみたいに動くとは思わなかった……」
つぶやいた声に、チリンチリンと鈴の音が答える。慧人の頭には「どうだ」と鼻息荒く仁王立ちしている可愛らしい精霊の姿が浮かんでいた。