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第44話

「ぅぁ……っ!」


 あったかい風が、からだの中にどっと吹き込んでくる。

 ソワソワする感じがざあっと駆け抜けて、背筋が震えた。

 イノリの肌から、光が溢れ出していた。触れあったところから、俺の中に吸い込まれてく。

 ぴったりくっついてるから、すぐに体いっぱい、イノリの魔力で満たされてしまう。

 ふわふわ胸の奥がくすぐったくて……ちょっと切ない。

「ずっと、寂しかったよ」って。

 イノリの魔力からも、じかに伝わってきて。

 満たされて、あったかくて、ほわほわと意識がほどけてく。

 俺を抱きしめたイノリが、深く深く、息を吐いた。すり、と米神に頬を摺り寄せられる。


「大好き」

「……っ!」


 耳に触れるみたいに囁かれて、かあっと頬が熱くなった。

 やっぱ、恥ずかしいって……! 赤くなった顔を、イノリの肩に埋めて隠す。


「トキちゃん、大丈夫?」

「……おう、平気」

「良かった。じゃあ、ちから抜いててね。……そろそろだから」

「ん?」


 と、俺の後頭部を包む手に、ぐっと強い力がこもった。

 出し抜けに、ドン! って体の真ん中に強い衝撃がやってきて。

 一瞬にして、目の前が白くなった。


「えっ」


 俺は、変な場所に立っていた。

 どこもかしこも、白い。

 でも、壁や床がってんじゃなくて、何にもないって感じ。

――どこだ、ここ! てか、イノリもいねぇ!

 慌ててあたりを見渡すと、ぐらっと視界が傾いた。


「あでっ!」


 どっ、と地面に倒れ込む。ガクガク、ガクガクって、景色が揺れている。

 地震か?

 いや、違った。

 震えてんのは俺だ。体の真ん中で何か、じたばた暴れてるみたいな感じがする。

 ふいに、グル……と、胸の奥で音がした。――犬の唸り声みたいな。

 なんだ、これ。転がったまま、胸を押えた。

 その瞬間――体の中から突風が吹き出した。

 風は俺の胸を突き破り、手足を飲み込むように渦を巻く。


「わあぁっ!?」


 風が、ごう……! と猛烈に唸って、激しく吹き荒れる。

 渦に飲み込まれて、木っ端みじんにされそうだ。

 やばい死ぬ! いやだ、誰か――!


「イノリっ!」


 叫んだ途端、ぐい、と意識がどっかに引っ張られた。


「トキちゃん!」


 耳元で、イノリの声がした。

 ハッとして、固く閉じていた目を開く。

 金の燐光に、全身が淡く包まれていた。

 痛いほど、俺の背を締め付ける腕の感触が返ってくる。

 イノリの金色の目が、心配そうに見下ろしていた。


「あ……」

「トキちゃん、大丈夫。大丈夫だよ」


 見開いた拍子に、目尻からぽろっと雫が落ちる。

 イノリは、自分の頬で俺の涙を受け止めた。すべすべして、あったかい。

 ホッと気が抜けて、体がガチガチに強張ってたって気づいた。

……さっきの、なんだったんだろ。

 わかんねえ。

 ぐったりしてて、指一本動かせねえ。

 なのに、ずっと全身がぶるぶる震えてた。止めたいのに、止まらない。


「トキちゃん、お疲れさま。もう終わるよ」

「んっ……」


 イノリの魔力が、宥めるみたいに体を巡る。

 ちょっとくすぐったい。けど、あったかくて安心する。

 体が浮きそうに、ふわふわしてくる。骨が抜けたみたいに、力が入らない。

 意識がとろりと溶けていく。やべえ。死ぬほど眠い……。

 遠のく意識の中、イノリに両手で頬を包まれる。


「よかった……安定してるね」

「……っ?」


 俺の目を覗き込んだイノリが、嬉しそうに笑う。きらきらと、目が輝きを増している。


「トキちゃんの目、すっげぇ綺麗」


 そりゃ、お前だろ。

 と、思ったのを最後に、俺は気を失った。




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