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第45話

「――からって、お前なあ!  やりすぎやぞ。もうちょい、かげん言うもんを――」


……なんか、須々木先輩みてえな声がする。

 とろとろした意識のまま、ぼんやり薄目を開ける。

 白い天井が見えた。

 わずかに身じろぐと、しゅ、と衣擦れがする。枕から、ツンとする消毒液の匂いが鼻に差し込んできた。

 なんか、デジャブだ……。

 ぼーっと考えてたら、シャッ! と勢いよくカーテンが開かれる。


「トキちゃん!」


 血相を変えたイノリが、すげえ速さで俺のベッドわきに滑り込む。心配そうに潤んだ目で、顔を覗き込まれた。


「トキちゃん、辛い? ごめんね……」

「いのり……?」


 あれ、舌がもつれる。

 てか、起きようとしたんだけど、起きられなかった。全身が、じーんと痺れたみたいになってて。まだ、半分以上眠ってんのかもしれない。

 イノリは、俺の片頬を手のひらで撫でた。いつもあったかいのに、ちょっとひんやりしてる。


「無理しないで。熱があるから」

「ん……?」


 ねつ、熱だって? 何で、また。

 不思議に思ってたら、顔に出てたらしい。イノリが説明してくれる。


「トキちゃんの魔力、起こしたじゃん? 一気に開いたから、疲れちゃったんだと思う……」


 ごめんね、とイノリがへにゃんと眉を下げた。

 俺は、合点が行ってスッキリした。

 そっか、どうりで体が動かねえはずだ。にしても、疲れて熱って出るんだなぁ。初めてだわ。

 ともかく、落ち込んでるイノリに「お前のせいじゃない」って伝えたくて。すり、と手のひらに頬を摺り寄せた。熱があるからか、ひんやりして気持ちいい。


「トキちゃん……!」


 目を丸くしてたイノリは、ふわりと頬を赤くした。嬉しそうに顔を寄せてきて、額がくっついた。

 間近にあるイノリの目が、いつもの薄茶にもどってる。なんかちょっと、ホッとした。

 そこに、ひょこっと明るい声が割って入る。


「や、吉村くん。気分はどう?」


 イノリの後ろから、青い髪を揺らして須々木先輩があらわれた。

 そういえば、さっき、須々木先輩の声が聞こえてたような。

 なんとか会釈すると、ニッコリと笑われる。


「吉村くん、大変やったなあ。桜沢が「意識ないし、熱い」ゆうて鬼電してきてさぁ。もう何事や思って。慌てて、医務室に連れてきたんよ」


 イノリを見ると、ばつが悪そうに視線をそらされる。

 そっか、急に気絶したから、心配かけたんだな……。

 「よいしょ」ってイノリの肩に手をついて、先輩は俺の方に身を乗り出した。


「へええ。綺麗に変わってるなあ! こんな鮮やかなん見たの初めてや」

「え?」


 俺の目をまじまじと見て、面白そうに先輩は言う。

 変わってるって、どういうことだ。俺の目、なんかなってんの?

 すると、急に視界が暗くなる。

 とっさに閉じた瞼の上に、やわらかい感触があって。どうやらイノリの手のひらで、目を覆われてるらしかった。


「もう。あんま見ないで下さいー」

「うわ、なによ。別に減るもんちゃうやん?」

「嫌です。減っちゃう」

「えぇ~! 束縛キッツいわ、お前」


 須々木先輩の呆れ声が聞こえる。

 何言ってんのか、あんまよくわかんねえ。おろおろしてたら、ぽてぽてと足音がする。


「こら、二人とも。病人のまわりで騒いじゃあいけないよ」

「あ、すいません。田野先生」


 新しい声に戸惑ってると、ぱっと視界が明るくなる。

 目の前に、養護教諭の田野先生のえびす顔があった。先生は、ぎょっとする俺の顔を、つくづくのぞき込んだ。


「うん、安定してるね。魔力は、きれーに起きてるよ。ただ、初めてだったのと――最近、疲れてたでしょ? でしょう。うん、一晩ゆっくり寝て、あと、お薬だすからそれ、飲んでね」


 先生は、ぺたぺたと俺の額や、喉に手を当てて診察した。いろいろ、沢山一気に話したかと思うと、ぽてぽてと向こうへ行ってしまった。

 田野先生って、意外とせかせかしてんだよなあ。





 すごい色の飲み薬を飲んだら、眠気がぶり返してきた。

 うとうとしてると、思い出したように田野先生が言う。


「そうそう。午後の授業だけど、今日は欠席しようね。放課後までここで寝てなさい。君の同室者に連絡しとくから、迎えに来てもらって」

「……あ、はい」


 二日連続で休んじまうけど、仕方ないか。


「ごめんね、トキちゃん……」


 イノリが、俺の手を取って申し訳なさそうにする。気にしなくていいのに。俺だって授業さぼらせちゃったし。

 そう言うと、「居たくて居るだけだよ?」ってイノリは首を傾げた。

 でも、お前だって授業でないとまずいって。期末もあるし!

 言おうとすると、米神を指の背でくすぐる様にして、優しくなでられた。


「無理しないで。眠っていいよ」

「でも、おまえ。授業……」

「うん、出るから」


 本当だろうな。――信じるからな?!

 撫でられてると、ふわ、と体の力が抜けて、眠気がとめどなくやって来る。

 ぽんぽんと、布団の上からお腹を叩かれて。

 駄目だろ、それは。ねむいんだって……。


「――ねえ、トキちゃん」

「……ん?」

「次は、もっと慎重にするから。……また、俺に触らせてくれる?」


 なにいってんだ、こいつ……。


「…………やだ」

「え!」


 「ガーン」って感じの声を上げるイノリ。

 もう、体が泥を詰められたみたいに重い。

 でも、なんとか一言絞り出した。


「おまえじゃなきゃ、やだ……」


 そんで、ついに俺は寝たのだった。

 なんか、バターン! みたいな音が聞こえたけど。気になんないくらい深い眠りだった。




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