「――からって、お前なあ! やりすぎやぞ。もうちょい、かげん言うもんを――」
……なんか、須々木先輩みてえな声がする。
とろとろした意識のまま、ぼんやり薄目を開ける。
白い天井が見えた。
わずかに身じろぐと、しゅ、と衣擦れがする。枕から、ツンとする消毒液の匂いが鼻に差し込んできた。
なんか、デジャブだ……。
ぼーっと考えてたら、シャッ! と勢いよくカーテンが開かれる。
「トキちゃん!」
血相を変えたイノリが、すげえ速さで俺のベッドわきに滑り込む。心配そうに潤んだ目で、顔を覗き込まれた。
「トキちゃん、辛い? ごめんね……」
「いのり……?」
あれ、舌がもつれる。
てか、起きようとしたんだけど、起きられなかった。全身が、じーんと痺れたみたいになってて。まだ、半分以上眠ってんのかもしれない。
イノリは、俺の片頬を手のひらで撫でた。いつもあったかいのに、ちょっとひんやりしてる。
「無理しないで。熱があるから」
「ん……?」
ねつ、熱だって? 何で、また。
不思議に思ってたら、顔に出てたらしい。イノリが説明してくれる。
「トキちゃんの魔力、起こしたじゃん? 一気に開いたから、疲れちゃったんだと思う……」
ごめんね、とイノリがへにゃんと眉を下げた。
俺は、合点が行ってスッキリした。
そっか、どうりで体が動かねえはずだ。にしても、疲れて熱って出るんだなぁ。初めてだわ。
ともかく、落ち込んでるイノリに「お前のせいじゃない」って伝えたくて。すり、と手のひらに頬を摺り寄せた。熱があるからか、ひんやりして気持ちいい。
「トキちゃん……!」
目を丸くしてたイノリは、ふわりと頬を赤くした。嬉しそうに顔を寄せてきて、額がくっついた。
間近にあるイノリの目が、いつもの薄茶にもどってる。なんかちょっと、ホッとした。
そこに、ひょこっと明るい声が割って入る。
「や、吉村くん。気分はどう?」
イノリの後ろから、青い髪を揺らして須々木先輩があらわれた。
そういえば、さっき、須々木先輩の声が聞こえてたような。
なんとか会釈すると、ニッコリと笑われる。
「吉村くん、大変やったなあ。桜沢が「意識ないし、熱い」ゆうて鬼電してきてさぁ。もう何事や思って。慌てて、医務室に連れてきたんよ」
イノリを見ると、ばつが悪そうに視線をそらされる。
そっか、急に気絶したから、心配かけたんだな……。
「よいしょ」ってイノリの肩に手をついて、先輩は俺の方に身を乗り出した。
「へええ。綺麗に変わってるなあ! こんな鮮やかなん見たの初めてや」
「え?」
俺の目をまじまじと見て、面白そうに先輩は言う。
変わってるって、どういうことだ。俺の目、なんかなってんの?
すると、急に視界が暗くなる。
とっさに閉じた瞼の上に、やわらかい感触があって。どうやらイノリの手のひらで、目を覆われてるらしかった。
「もう。あんま見ないで下さいー」
「うわ、なによ。別に減るもんちゃうやん?」
「嫌です。減っちゃう」
「えぇ~! 束縛キッツいわ、お前」
須々木先輩の呆れ声が聞こえる。
何言ってんのか、あんまよくわかんねえ。おろおろしてたら、ぽてぽてと足音がする。
「こら、二人とも。病人のまわりで騒いじゃあいけないよ」
「あ、すいません。田野先生」
新しい声に戸惑ってると、ぱっと視界が明るくなる。
目の前に、養護教諭の田野先生のえびす顔があった。先生は、ぎょっとする俺の顔を、つくづくのぞき込んだ。
「うん、安定してるね。魔力は、きれーに起きてるよ。ただ、初めてだったのと――最近、疲れてたでしょ? でしょう。うん、一晩ゆっくり寝て、あと、お薬だすからそれ、飲んでね」
先生は、ぺたぺたと俺の額や、喉に手を当てて診察した。いろいろ、沢山一気に話したかと思うと、ぽてぽてと向こうへ行ってしまった。
田野先生って、意外とせかせかしてんだよなあ。
すごい色の飲み薬を飲んだら、眠気がぶり返してきた。
うとうとしてると、思い出したように田野先生が言う。
「そうそう。午後の授業だけど、今日は欠席しようね。放課後までここで寝てなさい。君の同室者に連絡しとくから、迎えに来てもらって」
「……あ、はい」
二日連続で休んじまうけど、仕方ないか。
「ごめんね、トキちゃん……」
イノリが、俺の手を取って申し訳なさそうにする。気にしなくていいのに。俺だって授業さぼらせちゃったし。
そう言うと、「居たくて居るだけだよ?」ってイノリは首を傾げた。
でも、お前だって授業でないとまずいって。期末もあるし!
言おうとすると、米神を指の背でくすぐる様にして、優しくなでられた。
「無理しないで。眠っていいよ」
「でも、おまえ。授業……」
「うん、出るから」
本当だろうな。――信じるからな?!
撫でられてると、ふわ、と体の力が抜けて、眠気がとめどなくやって来る。
ぽんぽんと、布団の上からお腹を叩かれて。
駄目だろ、それは。ねむいんだって……。
「――ねえ、トキちゃん」
「……ん?」
「次は、もっと慎重にするから。……また、俺に触らせてくれる?」
なにいってんだ、こいつ……。
「…………やだ」
「え!」
「ガーン」って感じの声を上げるイノリ。
もう、体が泥を詰められたみたいに重い。
でも、なんとか一言絞り出した。
「おまえじゃなきゃ、やだ……」
そんで、ついに俺は寝たのだった。
なんか、バターン! みたいな音が聞こえたけど。気になんないくらい深い眠りだった。