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第46話

 次に目を覚ましたら、放課後だった。

 カーテンに、眩しい西日が射し込んでいる。

 ずいぶん、ぐっすり寝てたみたいだぞ。どうりで、体の具合が大分よくなってる。

 イノリも、いなくなってた。田野先生が言うには、


「桜沢くんですか? 残りたいって、かなり粘ってたんですけどね。須々木くんに引きずられて、授業にいきましたよ」


 て、ことらしい。

「よかった」って、ホッとして。それは本当なんだけどさ。

 ちょっとだけさびしくて、そんな自分に戸惑う。

 どうしたんだろ。熱が出て、ちょっと気分が甘えてんのかな。

 なんとなくモゴモゴしてると、ガラッ! と戸の開く音がした。


「失礼します。吉村くんを迎えに来たんですが……」


 西浦先輩と佐賀先輩が、中に入ってくる。目が合うと、先輩達は一瞬驚いた顔をした。


「はい。――吉村くーん、先輩が迎えに来てくれたよ」

「あ、すんませ――ぶっ」

「いいよ、吉ちゃん。無理しないで」


 俺は起き上がろうとして、布団にもつれて突っ伏した。

 西浦先輩が、慌てて駆け寄ってきてくれる。


「大丈夫?」

「はい。ありがとうございます、迎えに来てもらっちゃって……」

「気にしないで。まだ、歩くのは辛いよね。おれがおぶっていくから――」


 言いかけて、西浦先輩はふいに目を丸くした。

 側に来ていた佐賀先輩が、ベッドに背を向けてしゃがんでいる。


「乗れ吉村」

「へっ!?」


 俺は、ぎょっとした。

 そんな、先輩におぶってもらうなんて恐れ多いぜ。

 躊躇っていると、佐賀先輩が「チッ」と舌打ちする。


「仕方ねえ野郎だな。西浦、そいつ乗せろ」

「わかった。吉ちゃん、ちょっとごめんね」


 西浦先輩は、短く断ると俺をひょいと抱え起こした。あれよあれよと、佐賀先輩の背中に乗っけられてしまう。


「あわわわ」

「よし。行くぞ」

「田野先生、失礼します」

「ああ、いえ。吉村くん、薬は決まった時間に飲んでくださいね」

「はい。お世話になりましたっ」


 佐賀先輩の背中で、なんとかペコっと頭を下げる。田野先生は、えびす顔で手を振って見送ってくれた。

 廊下に出ると、部活をする生徒の声が遠く聞こえる。

 佐賀先輩の背中で、俺は背を丸めた。


「先輩、すんません。重いっすよね?」

「は。てめえごとき屁でもねぇわ」

「吉ちゃん、体重かけちゃいな。大丈夫、こいつが落としてもおれが助けるよ」

「あ? 誰が落とすか」

「どうだかね」


 頭上で、先輩たちが言い合う。

 でも、ちょっと前みたいな険悪さは無くて、やりとりを楽しんでる感じ。

 やっぱ、先輩たちって仲いいよな? だったら、嬉しいな。



 部屋に戻って、もうひと眠りしたら夜になった。

 今日一日で、一年分くらい寝たような気がするぜ。

 汗かいたから、熱もほとんど下がったし。汗だくのジャージを着替えると気分もさっぱりした。

 これなら、明日は授業に出れそうだ。


「食え」


 ドン、と音を立てて目の前に土鍋が置かれた。

 ふたを開くともわっと湯気が上がり、出汁のいい匂いがする。細かく切った野菜と、卵と米がとろとろに煮込まれた雑炊だった。

 食堂が終わってるからって、佐賀先輩がわざわざ作ってくれたんだ。俺は、感激した。


「わぁ、うまそう!」

「片付かねえからとっとと食え」

「うす! いただきます」


 腹がグーッと鳴って、俺はいそいそとスプーンを握った。

 アツアツで、優しい味付けの雑炊は、すきっ腹にしみるうまさだった。

 はふはふと啜りこんでいると、正面に座っていた西浦先輩は微笑ましそうな目をしてる。


「よかったね、吉ちゃん」

「はい、超美味いっす!」

「うん、それもだけど……魔力、起こしてもらったの。けっこう、安心したんじゃない?」


 ピタ、と食う手を止める。

 安心と言えば、イノリとのことで……今日は仲直り出来てよかった。あの、触っても貰って、嬉しかったし。

 けど、よく考えたら。魔力コントロールのことも同時に解決できちゃったんだ。

 頷くと、先輩たちはホッとしたような顔をした。ずっと、心配をかけてたんだなぁって、申し訳なくも、ありがたい。


「ありがとうございます! 西浦先輩、佐賀先輩、ご心配をおかけしました」


 ペコっと頭を下げると、佐賀先輩に頭をわしわしされる。西浦先輩は、目元を和らげていた。



「それにしても、吉ちゃんって魔力多いんだね。そんなに色が変わるなんて。保健室で見たときも、びっくりしたんだけど」


 頬杖をついて、興味深そうに西浦先輩が言った。佐賀先輩も「確かにな」と頷いている。

 俺はメシを食いながら、首を傾げた。

 みんな驚くんだけど、俺ってそんな不思議なことになってんの?


「変わるって、どういうことっすか?」

「は? てめえ、鏡も見ねえのかよ」

「だって、寝てたんすもん!」

「まあまあ――吉ちゃん、ちょっと見てごらん」


 苦笑しながら、西浦先輩が鏡を渡してくれる。

 何の気なしに鏡をのぞき込んで、俺はあんぐりと口を開けた。


「なんじゃこりゃあ!」


 瞳の色が変わってる!

 俺の目は、何の変哲もない黒だったのに。

 それが、キンキラキンの、金色に変わっちゃってるよ?! なんか、ちょうど俺に触ったときの、イノリの目みたいな――。

 絶句してたら、先輩たちが口々に話してる。


「吉ちゃん、風の元素が強く起きてる状態なんだと思うよ。しばらくしたら、もとに戻るから安心して」

「相手、お前のダチ公だったか? そいつも、よっぽど「風」の強い奴みてえだな。普通、一発でそこまで起きねえだろ」

「えっ」


 そうなの? 戸惑いを察してくれた西浦先輩が、苦笑する。


「普通は、ある程度の数こなすかな。引っ張る魔力が弱いと、中々起きないもんだから。逆に、よっぽど強い魔力なら、一気に引っ張ってこれるってことだけど」

「吉村、当分目を伏せとけよ。「相手」がいると思われるぜ」


 佐賀先輩が、くっくっくっ、と悪い顔で愉快そうに笑う。西浦先輩が「佐賀」って窘めるように睨んでも、どこ吹く風だ。

 俺はキンキラキンの自分の目を見て、イノリのきらきらの目を重ねるように思い出した。

 ぶわああっと、全身が茹ったみたいに熱くなる。

 両手で目を覆って、ばたんと床に倒れ込む。

 どうしよう、なんかめっちゃ恥ずかしい……!





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