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第48話

 人生初、眼鏡で受けた授業は順調だった。

 目玉の前になんかあるって、不思議な感じはしたけどさ。

 特殊な魔石ってやつは、透明感が高いらしくって、視界はまったく良好だった。

 それでいて、誰にも目の色に突っ込まれないっていう。一体、どういう仕組みになってんだろうな。なんにしても、すっげえ助かった。


「おっ、眼鏡かけてやる気満々だね。問5、吉村くん読んで訳してー」

「あっはい! ええと――ひーわずそーかいんどざっと……」


 どの授業でも、やたらめったら当てられるのは参るけど。眼鏡イコール秀才ってわけではねえよ、先生。

 まあ、こんな感じで特にトラブルも起きず、午前の授業が過ぎてった。

 と、思ってたわけだけど。


「どういう風の吹きまわしなわけ?」

「え?」


 四限の授業の片づけで、黒板を拭いてるときだった。

 同じく、先生に頼まれてプリントを揃えていた鳶尾に、声をかけられたのは。

 お追従マンは連れていない。いつも、次が移動でも待ってるのに珍しい。


「その眼鏡。この時期にイメチェンでも狙ってんの? それとも、早々にテストを諦めて、先生方に真面目さでもアピールしてるのかな。馬鹿だと小細工が必要で大変だね」


 いきなり、めちゃくちゃ喋るじゃん。

 ちょっと慄きつつ、反論する。


「別にいいだろ。俺だって、眼鏡かけたいときくらいあるわ」

「ふうん」


 鳶尾は、訝し気に目をすがめた。

 スルーして黒板を拭いてると、背中に視線がぶすぶす突き刺さってくる。

 おい、何が納得いかねえんだよ。


「今日は元気がいいじゃないか。最近突っついても、死にかけのボウフラみたいだったくせに」

「誰がボウフラだ!」

「それがまた、ウザくなってる。……その眼鏡に、何か秘密でもあるのかなァ」


 黒板消しを握る手に、思わず力がこもる。

 振り返ると、鳶尾は俺の眼鏡――というか、その下の目を貫くような目で見ていた。

 ぐるん、と黒板の方を向きなおす。

 えっ、何コイツ。なんか感づいてんのか?

 朝から、誰にも目のことを言われなかった分、俺はちょっと動揺していた。

 それで、気づかなかったんだよ。

 鳶尾がすぐ後ろに来てるって。


「わっ!」


 ぐい、と肩を掴まれて黒板に押し付けられる。ばん、と音が立って、白いチョークの粉が舞う。


「何すんだよ!」

「うるさいな」


 不愉快そうになじられる。いや、お前が意味わかんねえから! 

 鳶尾は、左腕で俺の上体を押さえつけた。何とか突飛ばそうとすんだけど、上から押さえ込まれてビクともしねえ。

 俺の抵抗を鼻で笑った鳶尾は、右手を眼鏡に伸ばしてくる。


「ぎゃっ、やめろ!」

「眼鏡を取れ。何か不正をしてるんだろ?」

「なら、普通に言えよ! 怖えよお前!」


 顔をぶんぶん背けると、苛立たしそうに舌打ちされる。やだよ、こいつ傍若無人すぎね?


「うぐっ」


 両頬を力づくに掴まれて、頭を固定される。眼鏡に鳶尾の指がかかった。

 うわ、もうアカン! せめて、目を見られてなるもんか、とギュッと瞑った――そのとき。


「君たち、何をしている」


 低い声が、静かに割って入った。

 鳶尾が、弾かれたように俺から離れる。助かった! 

 俺は、頬をさすりながら出入り口の方を見ると、見上げるような長身の生徒が立っていた。

 この人、たしか――


「藤川さん……」


 鳶尾が、ばつの悪そうな顔で言う。

 そうだ、藤川先輩だ。イノリと決闘してたから、見たことあるんだ。

 藤川先輩は、落ち着いた様子で尋ねる。


「ずい分、ものものしい雰囲気だったが。仲裁は必要か?」

「いえ。少し、行き違いがあっただけです。あなたの手を煩わすほどでもありません」


 鳶尾は、一方的に説明してしまう。

 すると、藤川先輩は俺に向かって「そうなのか?」と尋ねた。

 急にふられて、びっくりしつつ頷く。

 鳶尾の言い分には「おい」と思わんでもないけど、あんまり大事にしたくない。


「そうか。出過ぎた真似だったようだな」

「いえ。失礼します」


 鳶尾は、プリントを抱えてさっさと出ていく。いったい何がしたかったんだ、あいつ……。


「では、俺も失礼しよう」

「あ、ありがとうございます」


 藤川先輩は、ひとつ目礼して去って行った。

 この教室に用があったとかじゃなくて、本当に通りすがりだったみたいだ。正義感の強い人なんだな。


「はー、助かったぁ」


 気が抜けて、その場にへたり込む。

 あぶねえ! 眼鏡借りて初日だぜ。いきなり、こんな修羅場になると思わねえし。

 しかし、わけわかんねえのは、鳶尾だよ。眼鏡にあんな過剰反応するか普通。

 あいつ、本当に俺のやることなすこと気に食わねえんだなぁ。




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