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第49話

 鳶尾に絡まれたせいで、遅くなっちまった!

 イノリ、待ってるよな。

 購買の袋をぶんぶん振りながら、21号館の階段を二段飛ばしに駆け上り、305教室の戸を開いた。


「イノリ! ごめん、遅くなった!」

「トキちゃん!」


 勢いよく中に飛び込むと、イノリが出迎えてくれた。俺の両肩をぱっと捕まえて、心配そうに顔をのぞき込んでくる。


「走ってきてくれたの? 熱は、――からだは、辛くない?」

「うん! もう絶好調だぜ」


 ニカッと笑って見せると、イノリはホッと表情を和らげた。ぺた、と頬を包まれる。


「よかった……でも、無理しないでね。辛かったら言って?」

「おう、わかった」


 すげえ心配されて、なんか面映ゆい。

 真剣な、イノリの薄茶の目を見上げたとき、「コホン!」とでっかい咳払いが聞こえた。


「えっ!?」


 音の発生源を見て、俺は目を丸くする。

 よく見知ってるけど、この教室で見たことない人が、笑顔で手を振ってたもんだから。


「やっほー、吉村くん」

「須々木先輩!?」


 須々木先輩は、にこにこと机に腰かけている。

 えっ、何で先輩が? 

 ぶん、とイノリを振り返る。イノリも戸惑い顔をして、両手を広げてみせた。


「トキちゃん、ごめんね。俺もよくわかんないんだけど、先輩が「話がある」の一点張りでさぁ……」

「そうそう、だーいじな話があるねんて。二人ともにちゃんと言うときたいから、昼におしかけたっちゅうわけよ」

「はあ」

「眼鏡、ええやん。どうしたん?」

「あ、あざす。葛城先生にお借りして……」


 事情を説明すると、先輩はさらっと納得してくれた。

 イノリが、「俺だってかわいいって思ってたのに……!」って悔しがってて心底謎だった。

 ところで、大事な話ってなんだろう。 

 もっけな顔をしていたら、先輩はニコっと笑って、コンビニの袋を掲げた。


「腹が減っては戦は出来んと言うし。まあ、とりあえずメシにしよか」



 てなわけで。

 三人で向かい合って、昼飯を食った。

 喋っているのは、専ら先輩と俺だった。イノリは、俺の隣に座ったっきり食ってばっかで、簡単な相槌を打つくらいしかしない。

 具合でも悪いのか、って横目に見上げたら、ニコって笑い返される。


「なぁに、トキちゃん」

「えっ、おう」


 こてんと首を傾げるさまは、いつものイノリだ。やっぱ、俺の勘違いなんかな。

 須々木先輩が、カップ焼きそばを啜りながら、ケッケッケ、と肩を揺らして笑った。


「何すか?」

「いや、ぼくって野暮天やなーって」


 やぼてんってなんだ?

 よくわかんねえけど、イノリは微妙そうな顔をしてた。



「さて、話そか」


 全員が飯を食い終わったころ、須々木先輩がポンと手を叩いて、仕切り直した。

 俺は、パックのお茶を置いて居住まいを正す。イノリもゆったり座りつつ、先輩にまっすぐ目を向けた。


「まあ、まず桜沢、吉村くん。昨日は、初めての魔力誘引おつかれさん。吉村くん、体調どう?」

「あ、元気っす。ご心配おかけしました」


 ぺこ、と頭を下げると、「ええのよ」と手を前に突き出される。


「体感してもろて、解ったことや思うけど。あれ、けっこう疲れるやろ? まあ、熱まで出たんは、桜沢のやりすぎのせいやろうけどさ。普通、一回で引っ張り出さんもん」

「う。すみません」


 半眼になる先輩に、イノリがしゅんとする。俺は、慌てて口を挟んだ。


「でも、「風」はもう起きてるんすよね! 良かったです」

「それは確かに。でもぼくは、昨日みたいなんを毎回はあかんと思うんよ。毎回、体調崩すわけにいかんやろ。桜沢はどう思う?」

「それは、もちろんっす――俺は、何回かに分けて起こして、トキちゃんの負担を減らせないかって、思いますけど……」

「そうやな。けど、お前らが会えるのって昼休みだけやん? つまり、魔力誘引出来んのは、必然的に昼休みだけやろ。……分ける言うても二、三回程度やったら午後の授業、使いもんにならんくなるで。かと言うて、細かく分けて起こすには、決闘大会まで時間がない」

「確かに……」


 イノリが、思案気に呟いた。

 俺も「うーん」と唸った。決闘大会に間に合いたいけど、そうすると授業が……。二回でも、俺が寝ずにすめばいいんだけど。

 考え込んでいると、須々木先輩は「あはは」と明るく笑う。


「まあ、そんな暗くなることはないで。要するに、授業の前にやらんかったら全てが解決するんやろ?」

「え? でも」


 須々木先輩が、びしっと指を突きつけた。


「そこで、ぼくから提案がある。まあ飲むかどうかは、お前ら次第やけどな」




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