鳶尾に絡まれたせいで、遅くなっちまった!
イノリ、待ってるよな。
購買の袋をぶんぶん振りながら、21号館の階段を二段飛ばしに駆け上り、305教室の戸を開いた。
「イノリ! ごめん、遅くなった!」
「トキちゃん!」
勢いよく中に飛び込むと、イノリが出迎えてくれた。俺の両肩をぱっと捕まえて、心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「走ってきてくれたの? 熱は、――からだは、辛くない?」
「うん! もう絶好調だぜ」
ニカッと笑って見せると、イノリはホッと表情を和らげた。ぺた、と頬を包まれる。
「よかった……でも、無理しないでね。辛かったら言って?」
「おう、わかった」
すげえ心配されて、なんか面映ゆい。
真剣な、イノリの薄茶の目を見上げたとき、「コホン!」とでっかい咳払いが聞こえた。
「えっ!?」
音の発生源を見て、俺は目を丸くする。
よく見知ってるけど、この教室で見たことない人が、笑顔で手を振ってたもんだから。
「やっほー、吉村くん」
「須々木先輩!?」
須々木先輩は、にこにこと机に腰かけている。
えっ、何で先輩が?
ぶん、とイノリを振り返る。イノリも戸惑い顔をして、両手を広げてみせた。
「トキちゃん、ごめんね。俺もよくわかんないんだけど、先輩が「話がある」の一点張りでさぁ……」
「そうそう、だーいじな話があるねんて。二人ともにちゃんと言うときたいから、昼におしかけたっちゅうわけよ」
「はあ」
「眼鏡、ええやん。どうしたん?」
「あ、あざす。葛城先生にお借りして……」
事情を説明すると、先輩はさらっと納得してくれた。
イノリが、「俺だってかわいいって思ってたのに……!」って悔しがってて心底謎だった。
ところで、大事な話ってなんだろう。
もっけな顔をしていたら、先輩はニコっと笑って、コンビニの袋を掲げた。
「腹が減っては戦は出来んと言うし。まあ、とりあえずメシにしよか」
てなわけで。
三人で向かい合って、昼飯を食った。
喋っているのは、専ら先輩と俺だった。イノリは、俺の隣に座ったっきり食ってばっかで、簡単な相槌を打つくらいしかしない。
具合でも悪いのか、って横目に見上げたら、ニコって笑い返される。
「なぁに、トキちゃん」
「えっ、おう」
こてんと首を傾げるさまは、いつものイノリだ。やっぱ、俺の勘違いなんかな。
須々木先輩が、カップ焼きそばを啜りながら、ケッケッケ、と肩を揺らして笑った。
「何すか?」
「いや、ぼくって野暮天やなーって」
やぼてんってなんだ?
よくわかんねえけど、イノリは微妙そうな顔をしてた。
「さて、話そか」
全員が飯を食い終わったころ、須々木先輩がポンと手を叩いて、仕切り直した。
俺は、パックのお茶を置いて居住まいを正す。イノリもゆったり座りつつ、先輩にまっすぐ目を向けた。
「まあ、まず桜沢、吉村くん。昨日は、初めての魔力誘引おつかれさん。吉村くん、体調どう?」
「あ、元気っす。ご心配おかけしました」
ぺこ、と頭を下げると、「ええのよ」と手を前に突き出される。
「体感してもろて、解ったことや思うけど。あれ、けっこう疲れるやろ? まあ、熱まで出たんは、桜沢のやりすぎのせいやろうけどさ。普通、一回で引っ張り出さんもん」
「う。すみません」
半眼になる先輩に、イノリがしゅんとする。俺は、慌てて口を挟んだ。
「でも、「風」はもう起きてるんすよね! 良かったです」
「それは確かに。でもぼくは、昨日みたいなんを毎回はあかんと思うんよ。毎回、体調崩すわけにいかんやろ。桜沢はどう思う?」
「それは、もちろんっす――俺は、何回かに分けて起こして、トキちゃんの負担を減らせないかって、思いますけど……」
「そうやな。けど、お前らが会えるのって昼休みだけやん? つまり、魔力誘引出来んのは、必然的に昼休みだけやろ。……分ける言うても二、三回程度やったら午後の授業、使いもんにならんくなるで。かと言うて、細かく分けて起こすには、決闘大会まで時間がない」
「確かに……」
イノリが、思案気に呟いた。
俺も「うーん」と唸った。決闘大会に間に合いたいけど、そうすると授業が……。二回でも、俺が寝ずにすめばいいんだけど。
考え込んでいると、須々木先輩は「あはは」と明るく笑う。
「まあ、そんな暗くなることはないで。要するに、授業の前にやらんかったら全てが解決するんやろ?」
「え? でも」
須々木先輩が、びしっと指を突きつけた。
「そこで、ぼくから提案がある。まあ飲むかどうかは、お前ら次第やけどな」