目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第50話

 その夜。

 俺と、イノリと、須々木先輩の三人は、寮のとある部屋に集まっていた。

 ここは四階の角部屋で、非常階段のすぐ近くにある。『401号室』とルームプレートがかけられた、普通の二人部屋だ。


『今晩、飯食うたら401号室に来てくれへん? 非常階段使って、誰にも見つからんようにな』


 昼休みに須々木先輩はこう言った。それで、飯をぱっぱと食って忍者みてえにこの部屋にやってきたんだけど。


「須々木先輩、この部屋って?」

「ここはなあ、ぼくの部屋。つっても、もう住んではないからセカンドルームみたいなもんやけど」


 セカンドルームとな! 

 剛毅な言葉に、イノリと顔を見合わせる。

 先輩は、ペットボトルの烏龍茶を三つのコップに注いで、電子レンジでチンしたのを、俺たちの前に置いてくれる。


「あ、すんません」

「いえいえ、熱いから気ぃつけて――でもってな、ぼくのスポットでもあるんよ、ここ。やから、ふざけてドア開けてくる奴もおらへんの」

「えー! いいっすね」


 寮の部屋って、鍵ついてないからさ。

 なんか、完全に密室になっちゃうと風紀に良くないって理由らしいよ。謎だよな? 

 で、先輩の言う通り、通りすがりにドアをバンバン開けてくやつとかもいて。佐賀先輩は、それで夜中に起こされたとかで、ちょいちょいキレていた。


「ふふ、そうやろ。やからな、ここやったら誰にも邪魔されへんと、いろいろ出来ると思うわけ。例えばあいびきとかー、魔力起こしたりとか」

「えっ」


 先輩の言葉に、ハッとした。

 イノリも、烏龍茶のコップから目を上げて「それって……」と呟いた。


「桜沢と吉村くんさ、この部屋使ったらええんちゃう? 飯食ってから、ここで魔力起こしてさ。そしたらもう寝るだけやし、授業にも響かんやろ?」

「えっ! そんな、いいんすか!?」


 須々木先輩は、にこにこと笑っている。

 俺は、思わずイノリの手を握った。すぐにギュッと握り返してイノリは、少し困惑げに尋ねる。


「それは、マジで――すげぇありがたいっすけどぉ。なんで、そこまでしてくれるんすか?」

「いややなあ、別になんも企んでへんわ。ただ、先輩の甲斐性で、カワイイ後輩の面倒みたろう言うんやんけ」


 まだ納得してない様子のイノリに、先輩はちょっと苦笑する。


「まあ、そうやなあ。ぼくの個人的な事情で、お前らにはうまくいってて欲しいねん。そのほうが、ぼくの気が楽ってだけ」

「須々木先輩……」


 俺は、はちゃめちゃに感激した。

 須々木先輩は、思い返せばずっと俺たちの心配してくれてて……ありがたくて、胸がジンとなる。

 イノリと目を合わせると、ちょっと困ったみたいに眉を下げて、頷いてくれた。


「じゃあ、先輩。――ありがとうございます。甘えさせてもらいます」

「須々木先輩、ありがとうございます!」

「ふふ、ええのよ」


 二人そろって頭を下げると、先輩は笑って手をひらひら振った。



「この部屋、いつ使ってくれてええから。ただ、誰にも見つからんようにだけ、出入りするよう気をつけてや」

「はい! 気をつけます」

「ええお返事。ほな、今日はこれで解散しとこか! 吉村くん、昨日の今日で魔力起こさへんやろし。説明だけしたかっただけやから」

「あっ、ありがとうございます!」


 ポン! と手を打って先輩が立ち上がる。そのまま、颯爽とコップを集めて、ガチャガチャと流しに置いていく。

 慌てて「俺、洗います」と申しでたら、もっと溜めてからまとめて洗うとのことだった。ダイナミックだ。

 見つからないように、ばらばらに部屋を出ることになって。

 俺が、最初に出ることになった。


「ほな吉村くん、気ぃつけて」

「お疲れ様です! 本当に助かりました。いろいろ気遣ってもらっちまって……須々木先輩、イノリ、俺のためにありがとうございます」

「あら、ええんよー」


 深く頭を下げる。

 俺の個人的な事情のために、二人ともいっぱい心を砕いてくれて。なんてお礼を言ったらいいか……。

 すると、イノリに俺の腕を引かれる。ぽす、と胸に額がぶつかった。


「わっ」

「おやすみ、トキちゃん。ふふ、すっげぇ久しぶりに言った」

「――あ、ほんとだ」


 イノリの言葉に、俺は目を丸くした。夜に会えなかったから、おやすみは使わなかったんだな。

 嬉しそうなイノリに、俺もなんか嬉しくなる。

 へらへらしていると、呆れたような声が聞こえてきた。


「お前ら、ぼくもおるって忘れてへん?」

「あ! すんません!」


 慌てて離れると、イノリは不満そうに口を尖らせた。先輩は、呆れ顔で肩を竦める。


「まあ、明日からぼくは来ぃひんし。気兼ねせんとやって」

「いや、そんな!」

「でもな、ここはぼくのスポットやからー。ぼくの姿がなくとも、この目は届いてると思っといてや……桜沢」

「はい?」


 ちょいちょいと指先で招かれて、ふらっとイノリが身を屈める。須々木先輩が、こそこそっと何か囁いて――俺には聞こえなかったけど。


「――――!?」


 聞いて、イノリは顔面を真っ赤にして飛びのいた。手で口元を覆いながら、わなわなと震えている。

 えっ、何その反応?!


「まあ、そういうことやから気をつけて」

「え、ちょ、何が?」


 わけがわかんなくて首を傾げていると、イノリがバッと俺と先輩の間に割り込んだ。

 突然、でっかい背中が現われて驚いてると、イノリが怒鳴った。


「そんなこと、するわけねーだろ!」


 真っ赤になって切れているイノリと、その背中越しに爆笑してる先輩。

 俺は、「どうゆうこと……」と首を傾げつつ。怒るイノリの顔を、ちょっぴり複雑な気持ちで見上げたのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?