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第51話

 イノリのやつ、何怒ってたんだろう。

 一晩たっても、ほんのちょっと引っかかってたり。「先輩、何言ってたん?」て聞いても教えてくんなかったし。

 いや、別にいいんだけどさ。

 でも、あんな風に怒るイノリって珍しいから。なんとなく、胸がモヤっとするような、へんな感じがするような。


「……なんだろ。心配? 心配なんだよ、うん」


 ぐっぐっと足の筋を伸ばしながら、そう結論付けた。

 あいつ、疲れてるだろうし。生徒会忙しいのに、俺の魔力のこともやってくれてるんだから。

――よし、昼はあいつの好きなもん持ってってやろ!

 そう決めたらスッキリして、俺はいそいそと補習へ向かった。




 グラウンドを、たったか走る。

 絶好調に、体が軽い。走るごとに、地面を蹴る脚がふわふわ飛んでるみたいな感じになる。

 こんなことって、初めてだ。


「吉村、やってみろ!」


 並走する葛城先生が、気合の籠った声で指示する。

 俺は、スーッと息を吸い込んで、意識を「ふわふわ」に集中した。


「我が身に宿る風の元素よ、我が身をはやてのごとくせよ!」


 そう詠じた瞬間、頭のどっかでキンッ、て音がした。

 全身を、ざあっと何か風みたいに駆け巡る。パーッ! と金色の光が俺から溢れ出した。


「うわあ!?」


 びっくりして、叫んだ拍子にたたらを踏んだ。

 トンッ、と右足が地面に着地。――すると、ぎゅーーん! って体が前にすっ飛んだ。


「おわーー!! なんだなんだっ!?」


 なんだこれ! 一歩で五十メートルくらい進んでね?!

 体が消えたみたいに軽い。

 足が勝手に前へ動いて、景色がびゅんびゅん後ろにスッ飛んでく。


「それだーーーー!!!!」


 葛城先生が、でかい声で叫んだ。

 ドドドド、と凄い土埃を巻き上げ追いついてきて、俺の隣に並ぶ。


「よくやった、吉村! その感覚を忘れるな!」


 肩をバシンと強く叩かれる。

 痛ってえ! 思いっきりつんのめって、立ち止まる。


「や、やったね、吉村くん!」


 森脇が、顔を輝かせて駆け寄ってくる。

 胸のあたりに、おろおろと手を差しだされ、俺は満面の笑みでハイタッチした。


「おう、ありがとう!」

「えへへ」


 笑い合っていると、ポンと頭を小突かれた。振り向くと、片倉先輩が口をへの字にして立っていた。


「……やったじゃん」

「はい! ありがとうございますっ」


 プイッと顔を背けた先輩の耳が真っ赤だった。

 葛城先生がうんうんと頷いていて、森脇は目を潤ませて鼻を啜っている。

 俺は、じーんと胸が熱くなった。

 本当に、見捨てず励まし続けてくれて、みんなには感謝しきれない。


「吉村。最後の山だったお前が、きっかけを掴めて嬉しく思うぞ。だが、大変なのはこれからだ。更なるレベルアップにむけ、気合を入れ直せよ!」

「はい!」


 先生の喝に、でっけえ声で答えた。

 そうだ。これで、スタート地点に俺も立てたんだよな。

 このとき、じわじわーっと「出来た」って実感が胸に広がってきた。

 ついに、やったんだ。

 俺、初めて魔法が使えたんだ!


「やったあ――!!」





 階段を、一息に駆けあがる。上り切ったら、廊下を猛ダッシュ。――ずっと走りっぱなしで、息が苦しい。

 でも、一秒でも早く伝えたい。

 305教室の戸を、バーン! と勢いよく開いた。


「トキちゃん?」


 窓際に立っていたイノリが、目を丸くして振り返る。

 俺は、走ってきた勢いそのままにイノリに飛びついた。


「イノリ~!!」

「わっ」


 驚きながらも、危なげなく抱き留めてくれる。不思議そうな薄茶の目を見上げ、俺は喜びのまま捲し立てた。


「イノリっ! 俺、できたよ! 魔法使えたんだ、初めて!」

「――ほんと?!」


 最初、きょとんとしてたイノリは、次第に目をきらきらさせる。

 俺が笑顔で頷くと、イノリも大きな笑顔になった。

 体がぶっつかる勢いで、抱きしめられる。亜麻色の髪が、さらさらと俺の緩みっぱなしの頬に零れかかった。


「すごい! やったね、トキちゃん!」

「ありがとうっ! イノリ、お前のおかげ! お前が、魔力起こしてくれたから」

「違うよぉ、トキちゃんが頑張ったからじゃん! 本当におめでとー」

「うわー、あはは!」


 イノリは俺を抱きしめて、くるくる回りだす。つま先が床から浮いて、コンパスみたいに円を描いた。

 爆笑しながら、ぎゅっと背中にしがみつく。

 魔法が使えて嬉しくて、イノリに早く伝えたかった。絶対、すげえ喜んでくれるって思ったから。


 床にそっと下ろされて、改めてお礼を言う。


「イノリ、本当にありがとな」

「んー。どういたしまして?」


 イノリが、こてんと首を傾げた。 

 優しい目を見あげると、胸の奥がうずうずした。嬉しいより上って言うか、もっとソワソワするかんじ。

 本音言うと、もっかい抱きつきたいような……そんな感じだけど。

 さすがに、甘えすぎて変だよな!?




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