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第52話

 はしゃいだ気分のまま、向かい合ってメシを食った。

 俺のメシは、飛びついたときに放りだしちまったんだけど、中は無事でよかった。


「なあ、イノリ。鮭おにぎり半分こしねぇ?」

「わーい、食べるー」


 鮭おにぎりを半分に割って、イノリに渡す。にこにこしながら頬張っているのを見て、「しめしめ」とほくそ笑む。

 今日の俺の昼飯は、おにぎり(鮭とたらこ)、コロネ、クリームパン、牛乳寒天ってラインナップ。ちなみに、全部イノリの好きなもの。

 俺の飯とみせかけて、こっそりイノリを労おう作戦だ。

 回りくどい? 俺もそう思うけど、イノリって普通におごられてくんないんだよー。

 でも、半分こなら喜んでくれるんだよな。気にしいな奴だぜ。


「トキちゃんのおにぎり、おいしー」

「そりゃ良かった。コロネも半分食う?」

「食べるー」


 不思議なことに、今日のイノリは、いつものイノリだった。

 和やかにメシを食って、お互い色々喋ってさ。最近、あんま喋れてなかったから、話題はつきなかった。

 俺のメシを半分こして、その後イノリのメシも半分こして、腹一杯になったころ。イノリが、今夜のことを言う。


「今夜、どうしようか。魔力、起こしてみる?」


 「トキちゃんの良いときにしようね」って、心配そうに言い添えて。優しいな。

 しかし、どうしよう。

 俺としては、魔法使えたはずみをつけて、どんどん進んじゃいたいけど。イノリは、予定とか大丈夫だろうか。


「俺、今夜からがいいな。イノリは」

「わかったー」

「え。いいのか?」

「いいよー」


 快く頷いてイノリは、俺の手をとった。にぎにぎと懐っこい仕草で握られて、くすぐったい。


「ふふ、何だよー」

「今日からさ、夜もトキちゃんに会えるんだぁって」

「へ」

「すっげぇ、嬉しー」


 イノリは明るい、うきうきした目で笑った。どの甘いパン食ったときより、ふんわり口が緩んでて――かわいい。

 胸の奥で、きゅんって音が鳴る。

 やたらに恥ずかしくって、「うん」って頷くのがやっとだった。





 なんてこった。

 腹一杯の状態で、五限の授業だってのにちっとも眠くならない。

 乾いたミカンの皮を、すり鉢でゴリゴリやりながら、俺はため息をついた。

 かなうことなら、泡でも吹いて倒れたい。そしたら、その間は考えずに済むもんな。

 と、思った矢先にイノリの笑顔が脳裏に浮かぶ。


「あわわわ」


 ゴリゴリ! と力を込めてすりこぎを暴れさせた。

 また考えてるし、俺って奴は!


「こら、吉村くん。乱暴にやっちゃいけませんよー」

「あっ、すんません」


 作業台を見回っていた姫子先生に、メっと注意される。

 見ると、粉砕された皮が、台の上に飛び散りまくってた。

 ハッとして、頭を下げる。


「丁寧に、愛情込めてね」

「はい」


 素直に頷くと、姫子先生はにっこり笑って見回りに戻る。くるんと巻いた髪が、白衣の背で揺れていた。

 姫子先生は美人だ。親切だし、笑顔も綺麗だって思う。

 でも、「きゅん」とかそういうのじゃないよな……。


「はー」


 黒い棒みたいな草をぐつぐつ煮だした鍋に、さっきのミカンの皮を放り込む。謎の人参とか生姜もぶちこんで、お玉でぐるぐるかき混ぜる。黒い液体の中で、材料が渦を描いた。

 今、すげえ誰かに聞きたいぜ。

 ダチにときめくって、あるのかなぁって。

 イノリ本人にまさか聞くわけにいかねえし、困る。

 最近、そんなんばっか。ここ来るまでは、イノリに相談できねえことなんてなかったんだけど……。


「はぁ~~」


 でっかいため息が聞こえる。

 一瞬、俺かと思ったけど、隣の作業台からだった。

 見れば、この前も深刻そうに喋っていた二人が、暗い顔で鍋を混ぜていた。


「なぁ、決まった?」

「一応……お前はどう」

「俺も、一応はね。でもな~……条件が良くなくてさ」

「お前も? でも、僕なんか……」


 顔が真っ暗に見えるくらい、陰が差している。

 条件って、何なんだろう。なんか、困ったことでもあったんかな。

 俺は、近づいてポンと肩を叩いた。


「なぁ、大丈夫か? 具合悪そう――」

「うわっ! 何だお前、気安く触んなよ!」

「黒に心配されるほど落ちてねえんだよ!」


 ぺいっと、追い払われる。

 世知辛いぜ。まあ、調子悪いと、気が立ってるもんだよな。

 それにしても、あの二人いつも悩んでるなぁ。そりゃ、みんな色々悩みがあるだろうけども。


「あ、そういえば」


 「条件」とか「誰かに頼む」とか決闘大会のことで、あの二人前も話してたっけ。

 先輩に聞いてみようと思って、ずっと忘れてた。今度こそ、聞いてみよう。




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