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第53話

 自主練してから帰寮したら、先輩たちは揃って部屋にいた。


「ただいま帰りましたー!」

「お帰り、吉ちゃん」

「あれ。先輩、今から出るんすか?」


 西浦先輩も佐賀先輩も、ジャージを着てる。西浦先輩は、ちょっと笑って「まあね」って頷いた。


「ちょっと、演習場に行ってこようと思ってね。そろそろテスト勉強も飽きてきたし」

「演習場に?」

「決闘もねえし、いい加減溜まってっからな。組み手でもして鬱憤晴らそうってこった」

「おい。別に、おれは決闘大会のために調整のつもりで……」


 西浦先輩の抗議に、佐賀先輩は「どうだか」と喉の奥で笑っている。肩をど突き合っていても、楽しそうだ。


「つうわけだから、吉村。お前メシなり風呂なり一人で済ませとけよ」

「あ、うす!」

「吉ちゃん、病み上がりだから早く休むんだよ」

「うす! ありがとうございますっ。飯食って、ダチのところに行ったら、すぐに寝ます」


 パッと頭を下げる。

 二人はかわるがわる俺の背を叩き、連れ立って行っちまった。その背中を見送りながら、ついニコニコしてしまう。

 最近の先輩たち、とみにいい感じなんだよな。あんなに険悪だったのが嘘みてえ。

 俺は、晴れやかな気分で着替えて、メシに行く準備をした。



 食堂で鍋焼きうどんを啜りこみ、大浴場でさくっと一風呂浴びて、部屋で寝巻に着替えた。

 イノリとの待ち合わせの時間は、夜の九時だ。

 それまでの時間、宿題に悪戦苦闘したり、ベッドの上で悠々ストレッチなんかしてみたり。

 部屋でひとり気兼ねなく、「ふんふん」と鼻歌交じりに肩を伸ばす。

 イノリと会うの、楽しみだなぁ。

 まえは、気軽にお互いの部屋に泊まったりしてたから。こういうのって、本当に久々だ。

 もちろん、俺の魔力を起こして貰うためだから、遊ぶってんじゃないんだけど。

 そう思ったところで――俺は、ぎしっと固まった。

 そう言えば、イノリにまた触ってもらうんだった。

 急に、めちゃくちゃどぎまぎしてくる。どっどっ、て心臓が慌て出して、すげぇ落ち着かない。

 こないだは、無我夢中だったからさ。

 イノリにもう触ってもらえないかもって怖くて、なんも考える余裕がなかったんだけど。

 でも、今日はちがう。

 冷静なまま、イノリとあれをするんだ。

 イノリの魔力に、全身ひたひたに満たされたときを思い出して、かあっと頬が熱くなる。

 どうしよ。すげぇ、緊張してきちまった……!


「お、落ち着け」


 ベッドから飛び降りて、意味もなく部屋を歩き回る。ソワソワして、全然じっとしてられねえ。

 初めての公式試合でも、こんな緊張しなかったぞ。

 しかも、初めてでもねえのに、なんでこんなんなってんだろ? 

 楽しみから一転、待ち合わせまで悶々とする羽目になった。





 待ち合わせの十五分前。

 俺は、そろそろと401号室へ向かった。

 非常階段から廊下の様子を窺うと、ちょうど人気がなかったので、ささっと部屋の中に入る。

 イノリは、すでに来てた。

 ラフな長袖とジャージ姿で、壁にもたれて雑誌を読んでいる。息を深く吸って、歩み寄ると、イノリはパッと目を上げて笑った。


「トキちゃん! おつかれー」

「おつかれ、イノリ。ちゃんとメシ食った?」

「うん、大丈夫だよー」


 ローテーブルを挟んで、向かい合って座る。

 雑誌を置いたイノリは、俺を上から下まで目でなぞってニコニコしている。


「トキちゃん、パジャマかわいー」

「へ?! なに言ってんだ」

「久々に見たんだもん、中学の芋ジャー」

「芋ジャー言うな。着心地いいんだよっ」

「物持ちいいよねぇ、トキちゃん」


 やいやい言ってるうちに、落ち着いてきた。イノリがいつも通りだから、俺も調子を取り戻したって言うか。ホッと息を吐く。


「何の雑誌読んでたん」

「んーと、ブルータス」

「へええ。メシの本?」

「ううん、なんか色々? これはカスタードの本だよー」

「ふんふん。お、プリンだ。うまそう」

「ねー。それ、俺も思った」

「カスタード好きだもんなー」


 イノリが言うには、生徒会室の本棚には、雑誌をはじめ色んな本がずらりと並んでるんだって。で、気になったやつを、ちょいちょい借りて読んでいるらしい。

 イノリはけっこう、「これ」って決めずに読むタイプなんだよな。興味の範囲が広いというか。たまに、すげえ字の細かい本とか読んでるし。

 興味を引かれて、雑誌をぱらぱらめくってたら、ハタとでっかい手に手を包まれる。


「トキちゃん、これは後で一緒に読もっか」

「あっ」


 ハッとして顔を上げると、イノリはニコッと笑って言う。


「さきに、魔力を起こしちゃおう。……それから、ゆっくりおしゃべりしよ。ね?」

「う、うん」


 頷きながら、俺はまたちょっと緊張がぶり返した。




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