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第54話

「さて、」とイノリが咳払いする。


「今日はね、「土」の元素を起こそうと思います」

「土?」

「うん、前は風を起こしたから。それがいいんじゃないかと思って」

「ほう。なんで?」


 首を傾げると、説明してくれた。


「あんねー、風と土の元素は相性がいいんだぁ。風は「動」の性質、土は「静」の性質を持つからさ。何て言うのかなー、片方が強くなりすぎたときに、もう一方で抑制を効かせられるのね」

「ええと。落ち着くってこと?」

「そうそう。風と土が揃うと、コントロールが安定しやすいんだ。トキちゃんさ、今は風がすごく強くなってるよね。ちょっと、ふわふわし過ぎない?」

「ああ! そうかも」


 体がめっちゃ軽いから、ついつい動きすぎちまうというか。葛城先生には、「バテるから出力を上げ過ぎるな」って注意されたんだけど。でも、ハイロウの付け方がわからねえんだよな。

 イノリはうんうん頷いた。


「トキちゃんは、もともと安定質だからね。「風」が起きて、大きい偏りができたから制御がききにくいんだと思う。でも、他の元素が起きれば、また安定してくるよー」

「そっかあ。それでまず、相性のいい「土」を起こすんだな」

「そゆことー」


 イノリは、「オッケーですか?」と窺うように首を傾けた。もちろん、俺に否やはない。


「わかったぜ! じゃあ――」


 よろしく、と言いかけたとき、すっとイノリの手が伸びてくる。そのまま、ひょいと眼鏡を外された。

 ポカンとしていると、イノリは悪戯っぽく笑う。


「眼鏡、とっちゃうね。色の様子見ながら、やりたいからー」

「あ、そう?」

「ふふ。眼鏡もかわいいけど、やっぱ無いほうが好きだなぁ」


 嬉しそうに、親指で米神をふにっとなぞられた。

 と、胸の奥で「ぎゅるるー」って何かが潰れたみたいになる。俺は、情けなくおろおろしながら、なんとか「あ、そう?」と声を絞り出したのだった。




「じゃ、トキちゃん。こっち来てー」

「う、うん」


 ニコニコと手を広げているイノリと、なんとなくぎこちない俺。

 うう、ついに始まる。

 いや、それが目的で来てるんだから、当たり前だけどさあ!

 どぎまぎしながら、イノリの真ん前までよたよた歩いてった。

 イノリは、壁にもたれて胡坐をかいている。広げられた腕の奥、ロンTの胸元を見て、「あうう」と狼狽えてしまう。


「トキちゃん?」


 のろのろしてたら、イノリが不思議そうに首を傾げた。

 ああ、駄目だ。妙に構えてちゃ、かえって不審に思われる。

 つか、こうやって、いちいち動揺してることがきもいって!

 そもそも、やましいとか考えること自体がやましいんじゃないか。

 そりゃ、確かに俺はイノリにときめくかもしんないけど。危害なんか加えるつもり、一切ないんだぜ。

 イノリと俺はダチ。俺はきもくない。

 ぶつぶつ唱えて、俺は「よし!」と気合をいれた。


「じゃ、よろしくお願いしまーすっ!」


 イノリの脚の間に座って、正面から勢いよく抱きついた。

 あったかい胸に鼻を埋めたら、ふわっとボディソープが薫る。いつもの甘い香水じゃなくて、イノリの匂いがする……。心なしか、体温がぶわりと高くなった気がした。

 どぎまぎしながら、でっかい背中にぎゅっと腕を回す。

 しかし。

 イノリは、時がとまったように、ぴたっと動かない。腕だって、俺の体の左右で広げられたまんまだ。


「イノリ?」


 不思議に思って、顔を仰向けようとすると。


「わぷっ」


 ぐいっと頭を胸に抱えられてしまう。右頬が胸に押し付けられて、変な声が出た。


「えっどうした?」

「ち、ちょっと上見ないでね? 集中するから……」

「おう?」


 イノリは、何度も深呼吸している。大人しくじっとしていると、胸にくっついた頬にイノリの鼓動が伝わってきた。速い。


「イノリ、緊張してる?」

「う。……そりゃそうだよー。だって、トキちゃんに触るんだから」


 小さい声で言われて、また「きゅん」と胸が鳴った。性懲りもなく。

 でも、そっか。イノリもいつも通りじゃなかったのかぁ。

 なんか嬉しくて、にやけてしまう。


「もうっ」

「わっ」


 くふくふ笑っていたら、イノリに背中を引き寄せられた。前髪を撫でるようにして、顔を仰向かされる。

 間近にあるイノリの目が、ちょっと拗ねていた。


「始めるよ? ちから抜いてて」

「うん」


 頷くと、イノリの目の奥が金色になって、それから黄褐色に変わる。

 その変化に見いっているうちに、あったかい魔力が流れ込んできた。




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