目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第55話

 イノリの手のひらから、黄褐色の光が溢れだしている。耳の下を包むように手をあてがわれて、そこから魔力が浸透してくる。

 すぐに、今までとの違いに気がついた。

 「土」は、「風」のときと違って、あんまりソワソワしない。

 もっとやわらかくって、ずっしりしてる感じがする。流れ込んでくるほどに、体が重くなってくる。

 体の真ん中あたりまで、あったかい重みに満たされて、「はふ」と息を吐く。


「トキちゃん、つらくない?」

「ん」


 頷いて、背中に回した指にきゅっと力を込めた。

 体はちょっと重いけど、眠くないし意識もはっきりしてる。

 そう言うと、イノリはホッとしたみたいに息を吐いた。


「よぉし。じゃ、ちょっとずつ引っぱるね。つらかったら、言って?」

「はーい」


 宣言通り、イノリは魔力で俺の「土」に触れた。今までと違うところを、でっかい手で包むみたいに、優しくゆすぶられる。

 あったかくて、ちょっともどかしかった。今にも溢れそうなのに、微妙にはぐらかされている感じがして。

 分けて起こすって、こういうことなんだなあ。

 ゆっくりじわじわ、中から重い感覚が引き出されてくる。


「あ、トキちゃん。目の色、変わって来たよ」

「えっマジ?」


 間近にあるイノリの目が、ぱっと輝いた。

 俺の目、また色が変わってんの? 自分じゃわかんねえや。


「真ん中の方から、金茶っぽくなってきてる。きれい」

「そ、そうか」


 ニコニコと手放しに褒められて、頬が熱くなる。

 目を逸らそうとして、両頬を包まれてるから動けない。

 耐えかねて目を閉じると、「あー」と残念そうな声が上がる。


「目、閉じないでー」

「だ、だってさぁ……」

「色味をみて、調節したいから。ね?」

「ううう」


 甘えたような声で言われると弱い。

 なんか、妙に圧があるんだよなあ。つい言う事を聞きたくなっちゃう、みたいなさ。

 結局、そろそろと目を開ける羽目になる。

 イノリは、嬉しそうに微笑んでいた。 


「もう少しだけ引っぱって、今日はおしまいにしようね」

「おう」


 励ますように言われて、何とか頷いた。

 その後、ずっと目を覗き込まれながら、魔力を起こされた。

 イノリの目を見るなんていつもしてるのに、なんか恥ずかしくって。

 終わったときには、けっこうホッとした。






「このお菓子、見たことある!」

「ほんとう? テレビとか?」

「たぶん絵本かも。いや、オレンジページだったかな……」

「わぁ、実用的ー」


 魔力を起こして貰って、一息ついたころ。

 俺は、イノリに後ろから抱え込まれて、雑誌を読んでいた。

 目にも楽しいカスタードのお菓子の写真やら、素敵なエピソードを見ながら、だらだらお喋りをする。

 それ以外にも、食堂の好きなメニューとか授業の失敗とか、重要性ゼロの話をいっぱいした。

 くだらない話をおもいっきり出来るって、ありがたいよなぁ。

 お部屋を貸してくれた須々木先輩にめっちゃ感謝だ。


「ところでさ。お前、生徒会ってどんなかんじ?」

「どうとはー?」

「いや、ほら。いろいろ、忙しいんじゃねえの?」

「ああ! 別に、そうでもないよー。いまは決闘も制限あるしー。期末も近いから、みんなそれどころじゃないっていうかー」

「んん?」


 期末が近いと、それどころじゃないってどういうことだろう。決闘のことってわけじゃねえよな。 

 てか、よくよく考えたら、生徒会って何してんのか知らねえや。


「なあイノリ、生徒会って」

「ねえ、トキちゃん」


 聞こうとして、肩口になついていたイノリに遮られる。


「ずっと気になってたんだけどー。いつから須々木先輩と知り合いだったの?」

「あれ、言ってなかったっけ」


 なんか、とっくに喋ってたような気分だったんだけど。

 すると、イノリの目がスッと細められる。


「聞いてないよー」

「そうだったかな……」


 たぶん、須々木先輩が俺もイノリも知ってるから。なんか、橋渡しされた気になったのかもな。

 一人で納得していると、ぎゅっと腹に回った腕の力が強くなった。

 ハッとして振り返ると、じとーっと見つめられている。


「俺、知りたいなあ。話して?」

「ええ……」


 ニッコリ笑顔で、首を傾げるイノリ。

 あ、圧がすげえ。これは可愛いとかでなくて、久々にやたら迫力のある方……! 

 推し負けた俺は、21号館にたどり着けず、迷子になった話からする羽目になったのだった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?