「おお~、変わってる」
鏡をのぞき込んで、思わずまじまじと見入ってしまう。
キンキラキンだった目は、「土」が半分起きて、明るいキツネ色になっていた。
なんか、おあげさんが食べたくなるなぁ。
シャッ、とベッドのカーテンが開き、西浦先輩が顔を出した。
「吉ちゃん、おはよう」
「あっ、おはようございますっ。起こしちゃいましたか?」
「ううん。日直なんだ」
ふあ、と眠そうに先輩は欠伸する。その頬に大きいガーゼが貼られていて、俺は目を丸くした。
「先輩。ほっぺ、どうしたんすか?」
「これ? 大したことないよ。昨日ちょっと熱が入りすぎちゃって……」
先輩は、頬を擦って照れたように笑っている。
昨夜、俺が寝るときになっても先輩たちは帰ってこなくて。
よっぽど練習盛り上がってるのかな、って思ってたんだよな。
「おつかれさまっす。すんません、先に休ませてもらって」
「いやだな、当たり前じゃない。吉ちゃんこそ、調子はどう? 友達に会ってきたんだよね」
「はい」
西浦先輩が、鏡越しに俺の目を見た。
「ああ、土を起こしたんだ」
「うす。それがいいって、ダチが言ってくれて」
「いいと思う。安定するし、風と土はバトルで使い勝手もいい元素だし。……火と水は扱いが難しくて、コントロールに慣れないうちは、危険なことも多いから」
「そうなんすか?」
「うん。よかった――その子、吉ちゃんのこと真剣に考えてるみたいで」
「へっ」
うまく聞き取れなくて振り返ると、先輩は制服に着替えてる最中だった。丁度スエットを脱いだところで、上はタンクトップだけだ。
ふと、先輩の首元にも、大きなガーゼが貼られてるのを見つける。
「先輩、首のとこも怪我したんすか? 肩んとこも」
「えっ?」
心配になって尋ねると、先輩はきょとんと目を見開いた。
不思議そうに肩を押さえて、――数瞬後、かああっと沸騰したみたいに肌が赤くなる。
顕著な反応にポカンとしてると、先輩は猛スピードで制服を着こみ始める。
「あ、あの? 大丈夫っすか」
「えっ。ああ、うん。大丈夫だよ。なにも無いから心配しないで」
先輩は早口で喋りながらも、手を止めない。
ばさ、とジャケットを羽織ったかと思うと、もう靴に足を突っ込んでいる。
「じゃ、おれ急ぐから。ごめんね」
「えっ、はい……いってらっしゃいっす!」
と、風のように、部屋を出てってしまった。
あっけにとられていると、背後でまたカーテンが開く音がする。
「おい。うるせえぞ、吉村」
「あ、すんません」
寝起きで普段の三割増しに人相の悪い佐賀先輩が、起きてきた。朝から見るには、刺激が強いぜ。
ペコ、と会釈すると、佐賀先輩はばりばりと頭を掻く。
「……西浦、もう行ったんか」
「うす。日直だそうで」
「へえ」
空のベッドを覗いて、佐賀先輩は面白くなさそうな顔をする。口の中で、低く「逃げやがったな」と呟いたのが聞こえた。
「あの、何か約束してたんすか?」
「そんなんじゃねえ」
先輩は「ちっ」と舌打ちすると、Tシャツを脱いで自分のベッドに投げ入れた。
あらわになった肩を見て、ぎょっとする。
でっかい肩と太い腕には、真っ赤なミミズばれが浮かんでた。
うっすら血も滲んでいて、痛々しい。
「だ、大丈夫っすかそれ」
「あ?」
先輩は、怪訝そうに腕を見下ろして、「ああ」と頷いた。指で傷をなぞりながら、悔しいような嬉しいような、なんとも形容しがたい笑みを浮かべている。
わ、わけがわからん。
でも、なんとなく突っ込まないほうが良いような……。
「じゃ、俺も行ってきまーす!」
そそくさと準備をして、部屋を出た。
なんか、先輩たち二人とも妙だったな。喧嘩してるわけじゃなさそうだけど。