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第56話

「おお~、変わってる」


 鏡をのぞき込んで、思わずまじまじと見入ってしまう。

 キンキラキンだった目は、「土」が半分起きて、明るいキツネ色になっていた。

 なんか、おあげさんが食べたくなるなぁ。

 シャッ、とベッドのカーテンが開き、西浦先輩が顔を出した。


「吉ちゃん、おはよう」

「あっ、おはようございますっ。起こしちゃいましたか?」

「ううん。日直なんだ」


 ふあ、と眠そうに先輩は欠伸する。その頬に大きいガーゼが貼られていて、俺は目を丸くした。


「先輩。ほっぺ、どうしたんすか?」

「これ? 大したことないよ。昨日ちょっと熱が入りすぎちゃって……」


 先輩は、頬を擦って照れたように笑っている。

 昨夜、俺が寝るときになっても先輩たちは帰ってこなくて。

 よっぽど練習盛り上がってるのかな、って思ってたんだよな。


「おつかれさまっす。すんません、先に休ませてもらって」

「いやだな、当たり前じゃない。吉ちゃんこそ、調子はどう? 友達に会ってきたんだよね」

「はい」


 西浦先輩が、鏡越しに俺の目を見た。


「ああ、土を起こしたんだ」

「うす。それがいいって、ダチが言ってくれて」

「いいと思う。安定するし、風と土はバトルで使い勝手もいい元素だし。……火と水は扱いが難しくて、コントロールに慣れないうちは、危険なことも多いから」

「そうなんすか?」

「うん。よかった――その子、吉ちゃんのこと真剣に考えてるみたいで」

「へっ」


 うまく聞き取れなくて振り返ると、先輩は制服に着替えてる最中だった。丁度スエットを脱いだところで、上はタンクトップだけだ。

 ふと、先輩の首元にも、大きなガーゼが貼られてるのを見つける。


「先輩、首のとこも怪我したんすか? 肩んとこも」

「えっ?」


 心配になって尋ねると、先輩はきょとんと目を見開いた。

 不思議そうに肩を押さえて、――数瞬後、かああっと沸騰したみたいに肌が赤くなる。

 顕著な反応にポカンとしてると、先輩は猛スピードで制服を着こみ始める。


「あ、あの? 大丈夫っすか」

「えっ。ああ、うん。大丈夫だよ。なにも無いから心配しないで」


 先輩は早口で喋りながらも、手を止めない。

 ばさ、とジャケットを羽織ったかと思うと、もう靴に足を突っ込んでいる。


「じゃ、おれ急ぐから。ごめんね」

「えっ、はい……いってらっしゃいっす!」


 と、風のように、部屋を出てってしまった。

 あっけにとられていると、背後でまたカーテンが開く音がする。


「おい。うるせえぞ、吉村」

「あ、すんません」


 寝起きで普段の三割増しに人相の悪い佐賀先輩が、起きてきた。朝から見るには、刺激が強いぜ。

 ペコ、と会釈すると、佐賀先輩はばりばりと頭を掻く。


「……西浦、もう行ったんか」

「うす。日直だそうで」

「へえ」


 空のベッドを覗いて、佐賀先輩は面白くなさそうな顔をする。口の中で、低く「逃げやがったな」と呟いたのが聞こえた。


「あの、何か約束してたんすか?」

「そんなんじゃねえ」


 先輩は「ちっ」と舌打ちすると、Tシャツを脱いで自分のベッドに投げ入れた。

 あらわになった肩を見て、ぎょっとする。

 でっかい肩と太い腕には、真っ赤なミミズばれが浮かんでた。

 うっすら血も滲んでいて、痛々しい。


「だ、大丈夫っすかそれ」

「あ?」


 先輩は、怪訝そうに腕を見下ろして、「ああ」と頷いた。指で傷をなぞりながら、悔しいような嬉しいような、なんとも形容しがたい笑みを浮かべている。

 わ、わけがわからん。

 でも、なんとなく突っ込まないほうが良いような……。


「じゃ、俺も行ってきまーす!」


 そそくさと準備をして、部屋を出た。

 なんか、先輩たち二人とも妙だったな。喧嘩してるわけじゃなさそうだけど。




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