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第57話

 隣で着替えてる森脇が、ほんのりと笑って言う。


「吉村くん。今日、ち、調子よかったね。強弱、つけれてた」

「マジで? ありがとう森脇~!」


 今日の補習の出来を褒められて、テンションが上がる。

 自分でも、ちょっとわかったぞ! って思ったから、余計嬉しくて。

 イノリに「土」を半分起こしてもらって、さっそく効果が出てるのかもしれない。

 にこにこ笑い合っていると、早々に着替え終わった片倉先輩が「お先」と横を通り過ぎていく。

 俺は、ハッとしてその腕を掴んだ。


「はあ?! 触ってんじゃねえよ」

「す、すんません! でも、ちょっと待ってくんないすか!? 聞きたいことがあるんすよう」


 ぎょっと目をむいた先輩に、ペコペコと頭を下げてお願いする。

 先輩は俺の必死さに引きつつ、足を止めてくれた。


「……何が聞きたいんだよ」

「あざっす! 森脇も、聞いてくれるか? 実は――」


 俺は二人に、昨日から気になっていたことを聞いた。

 薬学の授業中に二人組の言ってた、決闘大会で「誰かに頼む」って、一体何のことなのか。

 昨夜、食堂で晩メシ食いながら、地味にアンテナを立ててたんだ。そしたら、同じことを話してる生徒がけっこういたんだよな。

 そんで、俺が転入生だから知らないだけで、決闘大会の常識なのかって思ったりして……。


「ってことなんすけど。片倉先輩と森脇は、何の事なのか知ってます?」


 聞き終わった片倉先輩は、小さくため息をついた。がしがしと頭を掻きながら、話し出す。


「まあ、それは。公式のルールではねえけど。知っといて損はないって感じのもんだよ」

「そうなんすか?」

「あ、あのね、吉村くん。たぶん、「頼む」っていうのは決闘大会での戦闘の予約のことだと思うよ。でも、その。普通に決闘するんじゃなくて……戦うふりをしようって、約束するの」


 森脇が、おずおずと教えてくれた。

 戦うフリ? あんまりピンと来なくって、首を傾げていると、片倉先輩が森脇の言葉を続けた。


「決闘大会は、一人一回必ず戦わねえと単位が下りねえんだよ。けど、その一回がろくでもねえ相手と当たったら困んだろ。上位のサド野郎とか、下位の強い奴とか……治癒術で治るつっても痛えもんは痛えし、下位に負けたら序列が下がる。だから、穏健に勝ってくれるように、上位生徒に前もって頼んでおくわけ」

「へ、へえ~」


 奥が深いな、決闘大会。

 現時点で、こんな風に駆け引きが始まっていたとは。みんな、行き当たりばったりに戦ったりしねえんだな。


「じゃ、みんな予約しとくもんなんすか?」

「いや。ここの奴らは、決闘好きの変態揃いだからな。戦う機会をみすみす逃したりしねえのがほとんどだろ。ただ、決闘が苦手なやつだっているし、そういう奴らはやってんじゃねえの」

「はぁ、なるほど……」


 そっかあ。確かに、みんながみんなバトル好きってわけじゃねえよな。そういう生徒は、こうやってピンチをしのいでいたってことなのか。

 ふんふんと頷いていると、森脇が上目がちに尋ねてきた。


「あの。よ、吉村くんは?」

「俺?」

「そ、その。決闘大会で、だれかと組みたいとかあるの? も、もし当てがなかったら、ぼ、僕が組もうか?」


 森脇の提案にびっくりする。


「そのっ、良かったらだけど。でも、僕けっこう頼まれるから慣れてるし……」


 わたわたと言い募る森脇に、温かい気持ちになった。俺がやべえ奴に捕まってボコボコにされないか、心配してくれてるんだろう。優しいな。

 俺は、森脇の手をガシッと握った。


「ありがとう! でも、いいや。一回ガチで決闘してみてえんだー」

「そ、そっか」


 繋いだ手をぶんぶん振って、お礼を言うと森脇はちょっとはにかんでいた。片倉先輩は、呆れ顔で「命知らずなやつ……」と呟いている。


「片倉先輩は、どうするんすか?」

「俺は別に……去年と同じだ。弟に頼むくらいなら、そのほうがマシ」


 と、片倉先輩は、早口で吐き捨てるように話す。急な不機嫌の理由がわからず、俺はポカンとしてしまった。

 片倉先輩は、やけみたいに話し続けてる。


「気が変わって頼むなら、相手は選べよ。頼みを聞いてやる条件だって、無理難題を吹っかけてくる奴もいるからな」

「あ、それ。そういえば、クラスメイトも言ってました。なんか、困ってるみたいで――」

「だろうな。今年は上谷さんもいねえし、性質の悪い奴らが幅利かすだろうと思った……吉村、お前どんくさいから絶対にそのクラスメイトに関わるなよ。そんなことは、風紀と生徒会の仕事なんだから」

「えっ、はい」


 眼鏡のレンズ越しにぎっと睨まれて、狼狽える。

 ううむ。初めて知る情報が目白押しで、どう整理したものか。どれもこれも気になるけど、あいにく予鈴が鳴りそうで。


「片倉先輩、森脇。いろいろ教えてくれてありがとう!」


 お礼を言って、頭を下げる。

 また、色々調べてみよう。





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