隣で着替えてる森脇が、ほんのりと笑って言う。
「吉村くん。今日、ち、調子よかったね。強弱、つけれてた」
「マジで? ありがとう森脇~!」
今日の補習の出来を褒められて、テンションが上がる。
自分でも、ちょっとわかったぞ! って思ったから、余計嬉しくて。
イノリに「土」を半分起こしてもらって、さっそく効果が出てるのかもしれない。
にこにこ笑い合っていると、早々に着替え終わった片倉先輩が「お先」と横を通り過ぎていく。
俺は、ハッとしてその腕を掴んだ。
「はあ?! 触ってんじゃねえよ」
「す、すんません! でも、ちょっと待ってくんないすか!? 聞きたいことがあるんすよう」
ぎょっと目をむいた先輩に、ペコペコと頭を下げてお願いする。
先輩は俺の必死さに引きつつ、足を止めてくれた。
「……何が聞きたいんだよ」
「あざっす! 森脇も、聞いてくれるか? 実は――」
俺は二人に、昨日から気になっていたことを聞いた。
薬学の授業中に二人組の言ってた、決闘大会で「誰かに頼む」って、一体何のことなのか。
昨夜、食堂で晩メシ食いながら、地味にアンテナを立ててたんだ。そしたら、同じことを話してる生徒がけっこういたんだよな。
そんで、俺が転入生だから知らないだけで、決闘大会の常識なのかって思ったりして……。
「ってことなんすけど。片倉先輩と森脇は、何の事なのか知ってます?」
聞き終わった片倉先輩は、小さくため息をついた。がしがしと頭を掻きながら、話し出す。
「まあ、それは。公式のルールではねえけど。知っといて損はないって感じのもんだよ」
「そうなんすか?」
「あ、あのね、吉村くん。たぶん、「頼む」っていうのは決闘大会での戦闘の予約のことだと思うよ。でも、その。普通に決闘するんじゃなくて……戦うふりをしようって、約束するの」
森脇が、おずおずと教えてくれた。
戦うフリ? あんまりピンと来なくって、首を傾げていると、片倉先輩が森脇の言葉を続けた。
「決闘大会は、一人一回必ず戦わねえと単位が下りねえんだよ。けど、その一回がろくでもねえ相手と当たったら困んだろ。上位のサド野郎とか、下位の強い奴とか……治癒術で治るつっても痛えもんは痛えし、下位に負けたら序列が下がる。だから、穏健に勝ってくれるように、上位生徒に前もって頼んでおくわけ」
「へ、へえ~」
奥が深いな、決闘大会。
現時点で、こんな風に駆け引きが始まっていたとは。みんな、行き当たりばったりに戦ったりしねえんだな。
「じゃ、みんな予約しとくもんなんすか?」
「いや。ここの奴らは、決闘好きの変態揃いだからな。戦う機会をみすみす逃したりしねえのがほとんどだろ。ただ、決闘が苦手なやつだっているし、そういう奴らはやってんじゃねえの」
「はぁ、なるほど……」
そっかあ。確かに、みんながみんなバトル好きってわけじゃねえよな。そういう生徒は、こうやってピンチをしのいでいたってことなのか。
ふんふんと頷いていると、森脇が上目がちに尋ねてきた。
「あの。よ、吉村くんは?」
「俺?」
「そ、その。決闘大会で、だれかと組みたいとかあるの? も、もし当てがなかったら、ぼ、僕が組もうか?」
森脇の提案にびっくりする。
「そのっ、良かったらだけど。でも、僕けっこう頼まれるから慣れてるし……」
わたわたと言い募る森脇に、温かい気持ちになった。俺がやべえ奴に捕まってボコボコにされないか、心配してくれてるんだろう。優しいな。
俺は、森脇の手をガシッと握った。
「ありがとう! でも、いいや。一回ガチで決闘してみてえんだー」
「そ、そっか」
繋いだ手をぶんぶん振って、お礼を言うと森脇はちょっとはにかんでいた。片倉先輩は、呆れ顔で「命知らずなやつ……」と呟いている。
「片倉先輩は、どうするんすか?」
「俺は別に……去年と同じだ。弟に頼むくらいなら、そのほうがマシ」
と、片倉先輩は、早口で吐き捨てるように話す。急な不機嫌の理由がわからず、俺はポカンとしてしまった。
片倉先輩は、やけみたいに話し続けてる。
「気が変わって頼むなら、相手は選べよ。頼みを聞いてやる条件だって、無理難題を吹っかけてくる奴もいるからな」
「あ、それ。そういえば、クラスメイトも言ってました。なんか、困ってるみたいで――」
「だろうな。今年は上谷さんもいねえし、性質の悪い奴らが幅利かすだろうと思った……吉村、お前どんくさいから絶対にそのクラスメイトに関わるなよ。そんなことは、風紀と生徒会の仕事なんだから」
「えっ、はい」
眼鏡のレンズ越しにぎっと睨まれて、狼狽える。
ううむ。初めて知る情報が目白押しで、どう整理したものか。どれもこれも気になるけど、あいにく予鈴が鳴りそうで。
「片倉先輩、森脇。いろいろ教えてくれてありがとう!」
お礼を言って、頭を下げる。
また、色々調べてみよう。