葛城先生は、教壇からクラス中を睥睨している。
「残り三分!」
活きのいい声で宣告され、シャーペンを強く握りしめる。
数学の小テストは、十五分で七問。室内には、皆が慌ただしく問題をかきつける音が響いてる。
俺も、せっせと解ける問題に食らいついた。
「それまで!」と声がかかり、テストが回収される。
すぐにチャイムが鳴り、昼休みになる。
「では、今日の授業はこれまで。小テストの返却はホームルームに行う。ではお疲れ。――吉村、話があるから今から僕の部屋へ来い」
「あ、うす」
答案と教科書を脇に抱え、葛城先生はせかせかと教室を出て行った。
呼び出しは、魔力のことに違いなくって。俺も、慌てて教科書を片付け、鞄を抱える。
と、ドンと背後からぶつかられる。
「あだっ!」
「ってえな。突っ立ってんじゃねえよ」
「鈍いのは頭だけにしろよ」
床に倒れ込んだ俺に、たっぱのある生徒二人がせせら笑う。むっとして、勢いよく立ち上がった。
「なんだよ、ぶつかってきたのはそっちだろ」
「何コイツ。口答えしてんだけど」
「マジうぜ」
ぐいっとネクタイを掴まれて、首が閉まる。ウッとえずくと、「黒のくせに」と凄まれた。
ちょっと反論しただけで、そんな怒るか普通!?
吊られてるせいで、不安定なつま先立ちでなんとか身を捩った。
「ちょ、放せよ!」
大声を出したとき、バン! と何か叩きつけるような音がした。
ビリビリ……と教室中が痺れたようになって、一気に静まり返る。
俺を吊っていた奴が、怯えた顔で音の発生源を見た。
「――うるさいなあ。馬鹿騒ぎはよそでしてくれない?」
「と、鳶尾くん」
鳶尾は、心底不愉快そうな声で言う。さっきのは、あいつが机に教科書を叩きつけた音だったらしい。
クラストップに怒られて、タッパのある二人は青ざめた。俺そっちのけで、謝罪を繰り返している。
それを、つまらないテレビみたいに無視して、鳶尾は教室を出て行った。
出てく一瞬だけ視線が絡み、すぐに背けられる。
お追従マン二人が、慌てて後を追った。
しばらく、しんとした気まずい空気が教室に残っていた。俺に絡んだたっぱ二人も、消沈して去って行く。
なんだったんだ?
怒涛の展開に、ボー然としてしまった。
なんつーか。
期末がもう間近に迫ってるから、みんな苛々してるっぽいんだよな。決闘もないし、ストレスのやり場がないせいかも。
鳶尾の奴が、特にすごくて。ずっとピリピリしてっから、お追従マンたちでさえ、遠慮がちに接してる。
けど、さっきは助かった。
あのままだったら、ボコられてたかもしんねえし。鳶尾は、単純にうるさかったから止めたんだって思うけど……。
「どうした、吉村」
「あっ!?」
葛城先生に、怪訝そうに問われてハッとする。
ぼんやりと思考がどっかに行っていた。せっかく、魔力の経過を見てもらっているのに、集中しねえと。
先生はひとしきり俺を観察すると、虫眼鏡を置いた。
「うむ。経過は問題ないな。補習のときの様子を見ても、うまくいっていると分かってはいたが」
「ありがとうございますっ」
「残りの半分の「土」は、今日起こすのか?」
「そのつもりです」
葛城先生は、満足そうに頷いた。
「無理は禁物だが、早いにこしたことは無い。魔力コントロールの修練には終わりがないからな、かける時間は多いほうが良いだろう。じゃあ、呼び立ててすまなかったな。昼食をとってくれ」
「はいっ、ありがとうございました!」
ソファから立ち上がり、深く頭を下げる。
室内を横切って、扉に手をかけると、――ひとりでに開いた。
「えっ」
「失礼します」
ぎょっとして一歩下がると、低い声であいさつが聞こえる。中に入ってきたのは、すげえたっぱの――藤川先輩だ。
先輩は、俺に軽く目礼するとソファに歩み寄っていく。
「先生、武道館の鍵をお返ししに来ました」
「ああ、ご苦労。調整は上手くいっているか?」
「はい。それでまた、先生に手合わせをお願いしたく……」
「なら、明日はどうだ。丁度、須々木の手合わせをする予定がある」
「なんと。是非お願いします」
ビシッとしたお辞儀に、直立不動での受け答え。ぜったい、藤川先輩って体育会系だ。
真剣な話のお邪魔しちゃいけないよな、とそそくさ部屋を出た。