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第58話

 葛城先生は、教壇からクラス中を睥睨している。


「残り三分!」


 活きのいい声で宣告され、シャーペンを強く握りしめる。

 数学の小テストは、十五分で七問。室内には、皆が慌ただしく問題をかきつける音が響いてる。

 俺も、せっせと解ける問題に食らいついた。

「それまで!」と声がかかり、テストが回収される。

 すぐにチャイムが鳴り、昼休みになる。


「では、今日の授業はこれまで。小テストの返却はホームルームに行う。ではお疲れ。――吉村、話があるから今から僕の部屋へ来い」

「あ、うす」


 答案と教科書を脇に抱え、葛城先生はせかせかと教室を出て行った。

 呼び出しは、魔力のことに違いなくって。俺も、慌てて教科書を片付け、鞄を抱える。

 と、ドンと背後からぶつかられる。


「あだっ!」

「ってえな。突っ立ってんじゃねえよ」

「鈍いのは頭だけにしろよ」


 床に倒れ込んだ俺に、たっぱのある生徒二人がせせら笑う。むっとして、勢いよく立ち上がった。


「なんだよ、ぶつかってきたのはそっちだろ」

「何コイツ。口答えしてんだけど」

「マジうぜ」


 ぐいっとネクタイを掴まれて、首が閉まる。ウッとえずくと、「黒のくせに」と凄まれた。

 ちょっと反論しただけで、そんな怒るか普通!? 

 吊られてるせいで、不安定なつま先立ちでなんとか身を捩った。


「ちょ、放せよ!」


 大声を出したとき、バン! と何か叩きつけるような音がした。

 ビリビリ……と教室中が痺れたようになって、一気に静まり返る。

 俺を吊っていた奴が、怯えた顔で音の発生源を見た。


「――うるさいなあ。馬鹿騒ぎはよそでしてくれない?」

「と、鳶尾くん」


 鳶尾は、心底不愉快そうな声で言う。さっきのは、あいつが机に教科書を叩きつけた音だったらしい。

 クラストップに怒られて、タッパのある二人は青ざめた。俺そっちのけで、謝罪を繰り返している。

 それを、つまらないテレビみたいに無視して、鳶尾は教室を出て行った。

 出てく一瞬だけ視線が絡み、すぐに背けられる。

 お追従マン二人が、慌てて後を追った。

 しばらく、しんとした気まずい空気が教室に残っていた。俺に絡んだたっぱ二人も、消沈して去って行く。

 なんだったんだ? 

 怒涛の展開に、ボー然としてしまった。



 なんつーか。

 期末がもう間近に迫ってるから、みんな苛々してるっぽいんだよな。決闘もないし、ストレスのやり場がないせいかも。

 鳶尾の奴が、特にすごくて。ずっとピリピリしてっから、お追従マンたちでさえ、遠慮がちに接してる。

 けど、さっきは助かった。

 あのままだったら、ボコられてたかもしんねえし。鳶尾は、単純にうるさかったから止めたんだって思うけど……。


「どうした、吉村」

「あっ!?」


 葛城先生に、怪訝そうに問われてハッとする。

 ぼんやりと思考がどっかに行っていた。せっかく、魔力の経過を見てもらっているのに、集中しねえと。

 先生はひとしきり俺を観察すると、虫眼鏡を置いた。


「うむ。経過は問題ないな。補習のときの様子を見ても、うまくいっていると分かってはいたが」

「ありがとうございますっ」

「残りの半分の「土」は、今日起こすのか?」

「そのつもりです」


 葛城先生は、満足そうに頷いた。


「無理は禁物だが、早いにこしたことは無い。魔力コントロールの修練には終わりがないからな、かける時間は多いほうが良いだろう。じゃあ、呼び立ててすまなかったな。昼食をとってくれ」

「はいっ、ありがとうございました!」


 ソファから立ち上がり、深く頭を下げる。

 室内を横切って、扉に手をかけると、――ひとりでに開いた。


「えっ」

「失礼します」


 ぎょっとして一歩下がると、低い声であいさつが聞こえる。中に入ってきたのは、すげえたっぱの――藤川先輩だ。

 先輩は、俺に軽く目礼するとソファに歩み寄っていく。


「先生、武道館の鍵をお返ししに来ました」

「ああ、ご苦労。調整は上手くいっているか?」

「はい。それでまた、先生に手合わせをお願いしたく……」

「なら、明日はどうだ。丁度、須々木の手合わせをする予定がある」

「なんと。是非お願いします」


 ビシッとしたお辞儀に、直立不動での受け答え。ぜったい、藤川先輩って体育会系だ。

 真剣な話のお邪魔しちゃいけないよな、とそそくさ部屋を出た。





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