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第59話

「ごめん、遅くなった!……あれっ」


 大慌てで305教室に飛び込めば、イノリの姿が見当たらない。

 きょろきょろと教室中を見回すと、窓が開いている。いつも座る机には、昼メシと思しき荷物が置いてあった。

 ってことは、イノリはここに来てたんだよな。でも、今はいない。


「どうしたんだろ?」


 とりあえず、荷物置くか。

 イノリの机の正面に鞄を置くと、ひゅう、と風が窓から吹き込んできた。カーテンが高く舞い上がる。


「えっ」


 トン、と軽い着地音がして。突然、部屋の中にイノリが現われる。

 あっけにとられる俺の前で、イノリは軽く頭を振った。亜麻色の髪がぱさぱさ揺れて、眠そうな目がこっちを見る。

 と、まん丸く見開かれた。


「――トキちゃん! 来てたんだ」

「えっ、おう」

「うわー、ごめん! 思ったより、遅くなっちゃってた。けっこう待ったよね?」

「いや、平気だぞ。俺も今来たとこだし……」


 あわあわと、落ち着きなくイノリは駆け寄ってくる。手をあげて宥めながら、俺は急にハッとする。


「てか、イノリお前! 今、窓から来た?!」

「え、うん」

「マジか! すっげー!」


 ここ、三階なのに! 飛んで入るなんて、少年マンガみてーじゃん! キラキラした目で見つめると、イノリが照れたみたいに頬を掻いた。


「そんなー……大したことないよぉ」

「あるよ! 忍者みたいで、かっけえじゃん。俺もやってみてえ」

「トキちゃん、ああいうの好き?」

「そりゃ、もう。憧れるだろ~」


 俺、マンガ好きだからさ。窓から登校したりとか、かっこいいじゃん?

 熱をこめて喋ったら、イノリがぱっと顔を明るくする。


「ならさ、一緒にやってみない?」

「えっ」


 どういうこと?

 イノリは、にこにこしながら言う。


「大丈夫だよ。あぶなくないように、俺がトキちゃんをひっぱってくから」

「ほほう?」


 よくわかんねえけど、出来るならやってみてえかも。

 言うと、イノリは「まかせて!」って頷いて。

 でかい手で、両手を取られる。不思議に思って見上げた、薄茶の目がにっこり笑う。


「はいトキちゃん、リラックスー」

「えっ。――あっ!」


 ふわり、とイノリの魔力が手のひらから注がれる。さあっと、流れてきた魔力に、いっきに胸まで満たされて、ひゃっと飛び上がった。


「ちょっ、イノリっ……?!」


 やっぱり、くすぐったい!

 全身がゾクゾクして、恥ずかしいくらい膝が震えた。イノリの手を掴んで、何とか踏んばって立つ。


「い、いきなり何すんだよー?!」

「あっ、ごめん。えっとね。あれは魔力をぐるぐるーって巡らさないとなんだ。まずは、トキちゃんの魔力を俺が引っ張ってこうとおもって……」

「あ、いや……」


 へにゃっと眉を下げるイノリに、罪悪感がわく。

 イノリは親切でしてくれてるのに、俺と来たら変に反応して……。恥ずかしくて、かあっと頬が熱くなった。

 と、手を引かれる。

 ぽすっとイノリの胸によっかかった。


「トキちゃん、大丈夫?」

「うん、ごめん」

「謝んないでー」


 ぽんぽん、と宥めるみたいに背中を叩かれて、ふわっと意識がほどけた。体はじんじんするけど、ちょっとずつ落ち着いてくる。


「……イノリ、続きしてくれ」

「いいの?」

「おう! 頼む」

「わかったー」


 はにかむように笑って、イノリはまた俺の手を繋いだ。


「トキちゃん、イメージしてみて。――風がくるくる巡って、軽くなるの。風が動くみたいに、体が動く」

「えっと……巡って軽くなる。風みたいに動く」


 繰り返し、復唱してみる。

 全然、何も起こらない。

 戸惑い気味にイノリを見上げると、こつんと額を合わせられた。

 と、脳内にわーって映像が入ってくる。

 雲の上を、ぽんぽん跳んでいる俺。

 忍者よろしく木の上を華麗に走る俺。

 どれもめっちゃ笑顔で、めっちゃミニマムなイメージの俺が人間離れした動きで走ってる。


「なんじゃこれ!」

「俺のイメージ。伝わったー?」

「これお前んなかの俺? すげーバカっぽくね?!」

「えーっ、かわいいのにー」


 かわいくねえよ! 口をとがらせるイノリに、脱力する。


「これが何なん?」

「んーとね。今、トキちゃんの風を全身に巡らせてるから。さっきのイメージを、強く念じてみて」

「おう」


 さっきのミニマムな俺を思い浮かべる。

 と、キンッ、と頭の奥で音がして。体がふっと軽くなる。

 どこに立ってるかもわかんねえくらい。


「えっ、うわ」

「あ、出来た! ちょっと待ってね」


 イノリは手を離し、教室の後ろまで移動した。


「そこから、飛んできて!」


 にこにこと、両手を大きく広げている。

 わけがわからないまま、俺は床を踏み切った。

 すると、ヒュンッと風を切る音がして。

 ついで、ふわっと甘い香り。

 気づいたら、イノリの腕に抱き締められていた。


「ええ?!」


 ぎょっとして周囲を見れば、たしかに教室の後ろまで来てる。

 嘘だろ、移動した感覚すらなかったぞ!?


「やったねトキちゃん! 大成功」


 イノリは、嬉しそうに言う。

 俺は、一歩遅れてすげえ興奮してきて、イノリに飛び付いた。


「すげー! なんだこれ?!」

「ふふ。魔力をコントロールしただけだよ~。びっくりした?」

「うん、瞬間移動したみてーだった! もっかいしていい?」

「いいよー。でも、着地があぶないから、俺が受け止めるね」

「わかった!」


 離れて、もう一回飛ぶ。

 面白くて、つい何度もおかわりしちまったけど。イノリは、何度も受け止めてくれた。




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