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第60話

 瞬間移動を満喫して、俺たちは昼メシを広げた。

 天むすのラップを剥がしながら、まださっきのウキウキが残っている。


「楽しかったー! ありがとな!」

「んーん。俺もたのしかったー。トキちゃん、すげぇ跳んでてかわいかったしー」

「だから、かわいくねえって」


 イノリも、にこにこしながらタマゴサンドをちぎっている。優しい目で見られて、ちょっと照れくさい。

 むずむずする口を引き結んで、天むすをずいっと差し出した。


「えーと、そうだ。イノリ先生、天むす食う?」

「わーい、食べる――」


 イノリは、天ぷらのあちこちはみ出したソフトボール大の天むすに、目を丸くした。


「これ……もしかして、トキちゃんの手作り?」

「うん。つっても、握って海苔まいただけだけど」


 天むすって、たまにすっげえ食べたくなるんだよなぁ。そういうときに限って、コンビニに置いてなかったりして。

 それで、好きな天ぷら買って、食堂でごはん分けてもらって握ってきたんだ。


「うわぁ、すげーひさしぶり……もらっていいの?」

「ん? おう。俺三つ握って来たし」

「嬉しい。大切に食べるね?」

「あはは。大げさだなー!」


 不格好なおにぎりを、大切そうに掲げもってイノリが言う。そんなに喜んでもらえて、悪い気はしない。

 イノリの奴、よっぽど天むす食いたかったんだなー。タイミングばっちりで良かった。





「そういや、ちょっと気になったんだけどさ」

「うん?」


 小鳥みたいに天むすを食っていたイノリが、首を傾ける。


「さっきの魔法、呪文のかわりにイメージみたいの思い浮かべてやったじゃん? あれが無詠唱ってやつなん?」

「ああ。うん、そうだよー?」

「やっぱりそっか!」


 ぱちん、と指を鳴らす。

 イノリとか、上位の生徒は呪文を詠じずに魔法を使ってるもんな。あれ、不思議だなーって思ってたんだよ。

「呪文は、魔法式を発動する鍵みたいなものだ」って、高柳先生言ってたからさ。じゃあ無詠唱って、どうやって発動してんだろうな? って。


「あーいう風にイメージを思い浮かべんのが、「鍵」になるのかぁ」

「んー、そうだねぇ。魔法は究極的に、イメージ勝負だからかなー」

「イメージ?」


 問い返すと、イノリは説明してくれる。


「えっとね。魔法ってさぁ、脳ミソで発動させてるじゃん? ほら、発動するとき、頭がキンッてなるでしょ」

「ほおほお」

「あれ、脳が「何をしたいか」理解して、魔力中枢に指令を与えてるんだー。「この現象を起こすために、魔力を放出しなさーい」って。だから、脳が理解できるようにしっかりイメージできれば詠じなくても発動できるの」

「へ、へええ」


 そういうものだったのか……。

 イノリは、他にもいろいろ教えてくれた。

 無詠唱はコントロールが難しい分、普通に呪文を詠じるより大きい効果が出るらしい。さっきの瞬間移動も、もともと「はやてのごとく~」ってのと原理は変わんねえんだって。びっくりだよな? 


「たぶん、やってるうちにわかってくるよ。あ、でもね――無詠唱って危ないこともあるんだ」

「え?」

「さっきも言ったけど、イメージを先に作って発動するでしょ? 脳ミソがイメージ通りに魔法を発動させようって、体に働きかけるから――力の制御がすっげえややこしいんだ。力が暴走したらいけないから、無詠唱は魔力コントロールに慣れてからがいいと思う」

「そうなのか。……あっ、それで、さっきお前が魔力ひっぱってくれたのか?」

「うん。俺が手を繋いでれば、暴れたりしないかなって……」

「そっかぁ」


 眉を下げて頬をかくイノリに、胸がほわっと熱くなる。

 俺がやってみたいこと、いつも止めたりしなくて。でも、そうやって知らないうちに助けてくれてるんだよな。

 イノリは、昔から本当に優しい。


「ありがとう、イノリ」

「えへへ」


 頭をよしよしって撫でると、気持ちよさそうに目を細めてて、かわいい。

 俺も、もっとお前に優しくしたいな。





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