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第61話

「黒の分際で、真ん中歩いてんじゃねえよ」

「ぶつかっといて、謝りもしないし」

「魔法もゴミで、人間性もカスとか最低じゃね、こいつ」

「すんません」


 今日は、よく絡まれる日だなあ……。

 頭上から、口々に罵倒されて俺は遠い目になった。

 上級生の三人組に囲まれて、ずっとやりこめられてんの。廊下の隅で、死角になってるせいなのか、誰も気づいてくんないし。


 六限が終わって、教室に戻る最中だった。

 廊下にたむろしていた三人組に、目を付けられちまったのは。歩いてただけなのに、ついてねえ。

 しかも、俺がぶつかったんじゃないんだぜ! ゴリラっぽい奴の方が、ニヤニヤしながらぶつかってきたんだ。

 そんで、吹っ飛んだ俺を廊下の隅に引きずって、「おめえ、どこ見て歩ってんだ」って言ったわけ。

 そりゃ、こっちのセリフだよー!

 謝っても、ぜんぜん釈放されねえし。このままじゃ、ホームルームに遅れちまいそう。

 もう、すげぇ焦るぜ。


「……おい! 聞いてんのか……」


 法規の代田先生に片づけ頼まれる前に、そそくさ帰ったせいなんかなぁ。先生、なぜかいつも鳶尾と残らせるから、やだなって思ってさ。

 やっぱ人間、薄情なことしちゃダメなんだな……。


「返事も出来ねえのか! このゴミ!」

「わっ!」


 ドンッ! と肩を押される。壁に背を打って、尻もちをついた。

 超、痛ってえ! 背中もケツもじんじんして、「うう」と呻く。俺を押したゴリラが、はんと鼻で笑った。


「やだ、芋虫みたい」

「だっせえ。こんなんでも、学園の生徒なのかよ」

「俺らって、かわいそう過ぎじゃね」


 ハハハと三人は高笑いする。笑ってんだけど、目の奥が苛々してて、全然楽しそうじゃねえ。

 なんかマズイ気がして、這って逃げようとする。

 と、今度は肩を蹴られて、床にゴロゴロ転がった。だから、痛いって!

 肩を押さえて丸まってると、頭上で舌打ちがした。


「俺ら、許してねえんだけど」

「礼儀を知らねえな。なあ、どうする?」

「やっちゃうか。憂さ晴らしに」


 なんか、不穏な打ち合わせをし始めたぞ。って、憂さ晴らしって! ついに八つ当たりだって認めてんじゃねーか。

 キツネっぽい奴が、腕を掴んでくる。


「いだっ!」

「そこの空き教室でいいか」

「いんじゃね」


 全然、良くねえわい! 

 必死に踏ん張るけど、抵抗むなしく引きずられてく。やべえ。連れてかれたら、絶対ボコられる。いやだ。なんとかしねえと――。


「っわが身に宿る、土の元素よ……わが身を岩のごとく不動にせよ!」


 とっさに詠じたのは、習いたての土の呪文だった。頭の中で、キンッて音がして、体が重くなり始める。

 キツネはやぶれかぶれだと思ったのか、せせら笑う。


「はあ? 黒のくせになにを、」


 言葉の途中で、キツネの腰がガクンと砕けた。俺の腕を掴んだまま、床に崩れ落ちる。


「おいっ、どうした?!」

「いてええっ、腰が!」

「はあ? おいてめえ、三根に何しやがった!」

「へっ」


 腰を押さえて悶えるキツネに、ゴリラじゃないほうが駆け寄る。凄まれても、俺も何がなんだかわからない。

 怒りで顔を赤くしたゴリラが、俺の胸倉に掴みかかってくる。


「――ぐおおっ、重い?!」

「うそっ?」


――けど、俺は持ち上がらなかった。

 ゴリラは、目をむいてシャツを引っ張り上げてきて、ボタンがブチブチっとどっかに飛んでった。――ああ、俺のシャツ! 弁償しろ!

 ゴリラの拳が、褐色に光る。けど、俺は床にくっついたみたいに離れない。大して力を入れてないのに。これが、土の魔法の効果なのか!?

 やがて、ゴリラが膝から崩れ落ちた。

 そこで、俺もふっと体の力が抜ける。ドキドキする胸を押さえていると、ゴリラが悔し気に顔を歪めた。


「くそっ……! 今日、調子悪いらしいわ」

「行こうよ、もう。ウザくなってきた」

「ちっ、運のいいやつだな……!」


 三人は、捨て台詞を吐きながら去って行った。キツネは、ゴリラじゃない方に支えられている。

 俺はその場にへたりこんだまま、三人組を見送った。

 助かった……のか?


「はあ~~」


 でっかいため息が出る。

 よかった、ぼこぼこにされなくて済んだ。ありがとう、イノリ。ありがとう、葛城先生……。

 気が抜けて、ぺたんとうずくまっていると、足音が聞こえた。しかも、近づいてくる。

 げっ。……あいつら、戻ってきたのか?

 勢いよく顔を上げて、ぎょっとする。

 スポーツ刈りの爽やかな感じの男前が、目の前にしゃがみ込んでいた。

 めっちゃ近くで顔をのぞかれて、思わずのけ反る。


「廊下で誰か騒いでるって、聞いてきたんだけど。……もしかして、解決済み?」

「ええ……?」


 不思議そうに、俺をじろじろと眺めてくる。戸惑っていると、「まあ、いいや」と男前は立ち上がる。


「聴取するから、ついて来てくれ。君のクラスには話を通しとくから」

「へっ、俺ホームルームが」

「いいから、いいから。これも校内の風紀を守るため、ご協力くださいな」


 ニッと笑って、手を差し伸べられる。その上腕には、『風紀委員』と銀糸で刺しゅうされた、あかがね色の腕章が巻かれていた。





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