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第62話

 風紀委員は、この学園で生徒会に並んで有名な集団だ。

 あかがね色の腕章は風紀委員の証。毎日、校内のあちこちで、忙しく働いてるのを見かけた。

 六人だけで構成されている生徒会と違って、風紀委員の規模はすっげえ大きい。

 そんで、トップの風紀委員長のもとで、一致団結して校内の風紀を守っているんだってさ。

 そういえば、生徒会と風紀は犬猿の仲って言われてんの。なんでだろうな?



 男前の風紀委員に連れてかれたのは、隣の棟の三階にある「第三風紀委員室」とプレートの掛かった部屋だった。


「二年白井、戻りました」

「おう、お帰り」


 良く通る声の挨拶に、中からばらばらと声が返ってくる。

 俺は、堂々と歩み入る風紀――白井さんというらしい――に、ついて中に入った。

 広い部屋の中にはたくさんの机が並んでて、まばらに生徒が座ってた。みんながきっちりした短髪で、上腕に風紀の腕章をつけている。

 俺はペコペコと会釈しつつ、白井さんの後につづく。

 風紀委員の人たちは、揃ってパソコンみてえな端末をのぞき込んで、忙しそうに作業をしてる。

 と、ひとりの生徒と目があった。

 なんつーか、大きなクマみたいな人だ。ペコっと会釈すると、席を立って歩み寄ってくる。


「早瀬、この子は?」

「草一さん。E館でちょっと揉めてたらしくて。彼は、聴取で来てもらったんです」

「そうだったのか。きみ、大変だったね」

「あ、いえ」


 ハキハキと事情を説明する白井さんに、クマみたいな人――草一さんは、顔を曇らせた。分厚い手で、労るように肩を叩かれる。

 すると、また一人の生徒が、大股に近づいてきた。

 背が高くて、厳しい雰囲気の人だ。

 鉄色の目で、俺のことを上から下まで眺めている。一瞬、眉を顰めて「黒の生徒か」と小さく言ったのが聞こえた。


「俺が、聴取を行おう。草一は自分の仕事に戻れ。早瀬は同席して筆記を頼む」

「はい、氷室さん」

「わかりました」


 白井さんと草一さんは頷くと、ビュンと持ち場に着いた。

 氷室さん、というらしい厳しげな人は、鉄色の目で俺を見下ろして。


「じゃあ、さっさと聴取をしてしまおうか。悪いけど、期末前で本当に忙しいんだ」



 部屋の隅にある応接スペースで、聴取は行われた。

 俺は、尋ねられるまま経緯を話す。

 廊下を歩いていたら、急に絡まれたこと。土の魔法をつかって、なんとか難を逃れたこと……。

 氷室さんは、俺が話しあぐねたところを補足しつつ聞いてくれた。

 ぜんぶ説明し終えると、氷室さんはふむと頷く。


「なるほど。――吉村くん、少し質問してもいいかな?」

「あ、はい」

「急に絡まれたって言っていたね。廊下を歩くとき、三人を挑発するようなことはしなかった?」

「えっ」


 どういう意味だろう? 

 質問の意図に戸惑いながら、俺は首をふる。


「いいえ。ただ歩いてただけっす」

「そう。じゃあ、よほど彼らの虫の居所が悪かったのかもしれないね。最近は、決闘制限のせいで、ストレスの行き場がない生徒が多いから」

「はぁ」

「君も、あまり気分良さそうに歩いて、他人の気分を逆撫でしないように。黒なのだから、自衛くらいしなきゃいけない」

「へ」


 俺はポカンと口を開いた。

 この人、もしかして「絡まれたのはお前のせい」って言ってたり、する?

 まじまじと鉄色の目を見ると、「何か間違いでも?」って目つきで見返される。

 え、マジで?


「あのっ。俺、マジで歩いてただけなんすよ。なんも、睨んだりとかしてねえし!」

「だったら尚更、気をつけて欲しい。はっきり言って、君たち「黒」はもめ事の種なんだ。君たちが廊下をただ歩くことも気に障る、そんな生徒も少なくないんだよ」

「氷室さん、そんな言い方しなくても……」


 調書を作っていた白井さんが、気まずそうに言う。氷室さんは、心外そうに眉を上げた。


「何が悪い? 心がけが悪くて苦労するのは彼だぞ。彼の序列がすぐに上がらないように、序列を理由に横暴に振舞う者がすぐに改心するはずもない。なら、自衛はどうあっても必要じゃないか」

「ですが……」

「風紀の努力にも限界がある。そもそも、彼らのためだけに風紀は存在していないし。社会貢献度の低い者の警護に終始して、学園を破綻させるわけにいかないだろ? 勿論、職務として最大限の努力はするが――護られる側にも僅かなり、努力をする義務があると思う」


 白井さんは、ぐっと押し黙る。

 俺は、あんまりな言い草に絶句した。

 え、ひどくね? 意味もなくボコられそうになって、こんな風にいわれんの?

 氷室さんは俺に向き直る。

 聞き分けの悪い子を諭すように、言った。


「俺は、理不尽な暴力を肯定するんじゃない。だが、君を案じればこそ、少し慎むべきだと言うんだ。……まさか、「相手に非があるから行動を改めない」などと、子供っぽいことを言わないだろう?」




 十数分後。

 俺は、ぶらぶら歩いてた。とっくに放課後で、西日の差し込む廊下は人っ子一人いない。

 聴取は、ちゃんと終わった。

 三人組の特徴も言ったし、自衛のためのコソコソ歩きも、教わった。

 そうだ、葛城先生への報告プリントも書いたし。これがあれば、ホームルームをサボった申し開きが出来る……。


「……はあ~~」


 破れたシャツは始末に困るし、打ち付けた背中は痛い。

 でもまあ、平気だ。「黒」で馬鹿にされたのって、別に初めてじゃないしさ。

 けど。

 氷室さんの、あの「善意」はなんか、けっこう怖かった。 





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