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第74話

「吉ちゃん、なんか嬉しそうだね」

「えっ?」

「さっきから、ずっとニコニコしてる」


 西浦先輩に言われて、ぱっと頬を押さえる。

 帰寮してから、試験勉強を見てもらってて。集中してたはずなのに、知らん間に、にやけちまってたらしい。

 先輩は、微笑ましそうな目で首を傾ける。


「何か良いことあったの?」

「へへ。実は今日、格闘の授業で調子よかったんすよー」


 身振り手振りを加えて説明すると、西浦先輩はうんうんと相づちを打って聞いてくれた。


「良かったね、吉ちゃん。修行の成果でてるじゃない」

「はい! ありがとうございますっ」


 ほめられてニマニマしていると、佐賀先輩が帰って来た。


「あ、お疲れっす」

「おー」


 佐賀先輩は、鞄をベッドに立て掛けると着替え始める。

 と、西浦先輩がぎしっ、と軋んだみたいに固まってる。どうしたんだろう。

 あ、そうだ。

 二人が揃っているときに、伝えておかないとな。


「あの、西浦先輩、佐賀先輩。俺、今週末はダチとお泊まりすることになりました」

「あん?」

「えっ」


 気だるそうに振り返った佐賀先輩と、目を丸く見開いた西浦先輩。


「ええと、お友達っていうと。あの、魔力関係の?」

「あ、そうなんです。週末まで忙しくなるから、お泊りでゆっくり遊ぼうって言ってくれて」


 言いながら、つい頬がゆるゆるになってしまう。

 ドカッと俺のベッドに座り込んで、佐賀先輩は呆れ声で言う。


「先輩相手にのろけんじゃねえよ」

「のろ……!? してないっすよ!」


 ぼっと顔が熱くなる。のろけって! 俺はただ、嬉しいなーって思ってるだけだし!

 西浦先輩が、「まあまあ」と苦笑する。


「からかうなよ佐賀。吉ちゃん、楽しんでおいでね」

「はい!」

「ちゃんと勉強もしろよ」

「うす!」


 佐賀先輩にくぎを刺されつつ、快く送り出してもらえることになった。

 ただ、西浦先輩が「おれもどっか泊りに行こうかな……」って言ったとき、佐賀先輩の眉間の皺がどえらい事になって、びびったけど。





 先輩たちも、今日はメシの後で演習場にいくらしい。帰り道に覗いてみたら、試験前のせいか、居残る生徒でごった返してたんだって。

 というわけで、先輩たちと一緒に食堂に来た。

 食堂では、まだ生徒会と風紀の衝突について、もちきりだった。


「なんか、熱気すごいっすね」


 みんな賑やかって言うか、ざわざわしてる。混んでるのはいつも通りだけど、もっと落ち着かない感じって言うか。

 と、佐賀先輩がアジフライにソースをかけながら、「そらそうだろ」と言う。


「生徒会と風紀がマジで揉めるとは、誰も思ってなかったからな」

「そうなんすか? 仲悪かったら、普段から喧嘩したりとか」


 首を傾げると、西浦先輩が困ったように眉を下げて言う。


「悪いけど、悪すぎて逆に制御が効いていたんだよね。一度でも殴ったら、とことんまで行くことになるって、危惧があったんじゃない」

「ま、今日のことで、ついに爆発てとこだな」

「そ、そうなんすか……」


 仲悪すぎて、逆に平和だったのか。そういうこともあんだなぁ。


「でも、協力して警備するのって、いいことじゃないっすか?」


 困ったときに頼れる人は、たくさんいたほうが良いって言うし。

 そう言うと、佐賀先輩はでっかいため息をついた。


「わかるが、そう言うもんじゃねえだろ。生徒会に、てめえらのお株半分取られたようなもんだからな。今回のことは、風紀にして見りゃ屈辱でしかねえ」

「たぶん、体制が変わることに反対する生徒も、出てくるんじゃないかな。風紀は、なんたって規模が大きいし……もちろん、喜んでる子もたくさんいるから覆りはしないと思うけどね」


 先輩たちは揃って、難しい顔になった。辺りを見回して、声を潜めて言う。


「なんにせよ、当分荒れるだろうな。吉村、てめえ迂闊にふらふらすんじゃねえぞ」

「えっ」

「ただでさえ試験前で、苛々してる人が多いし。……よからぬことを企てる人もいるかもしれないから、用心しようね」


 二人にかわるがわる心配されて、俺は戸惑いつつ頷いた。

 マジでか。

 学園が荒れるほど、反発があるかもしれないとは。

 今回のこと、俺はいいことだと思ってる。

 でも、嫌な人も、やっぱいるんだな。そりゃ、たくさん人が居るんだし、いろんな意見があるよな。

 ……とは思うんだけど。

 須々木先輩や、――イノリの耳に入って欲しくないな。

 頑張ってること、反対されるのってやっぱショックなもんだから。全部をシャットアウトなんて、出来ねえってわかるけど……。


「よし、決めた」


 俺も、良いと思ってるってこと、たくさん伝えよう。

 そんで、俺にも一緒に出来ることないか探そう。ビラ配りとか、ポスター作りとかいいかもしれん。

 そうと決めれば、行動あるのみだぜ。

 俺は、トンカツをガツガツ食べた。




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