「吉ちゃん、なんか嬉しそうだね」
「えっ?」
「さっきから、ずっとニコニコしてる」
西浦先輩に言われて、ぱっと頬を押さえる。
帰寮してから、試験勉強を見てもらってて。集中してたはずなのに、知らん間に、にやけちまってたらしい。
先輩は、微笑ましそうな目で首を傾ける。
「何か良いことあったの?」
「へへ。実は今日、格闘の授業で調子よかったんすよー」
身振り手振りを加えて説明すると、西浦先輩はうんうんと相づちを打って聞いてくれた。
「良かったね、吉ちゃん。修行の成果でてるじゃない」
「はい! ありがとうございますっ」
ほめられてニマニマしていると、佐賀先輩が帰って来た。
「あ、お疲れっす」
「おー」
佐賀先輩は、鞄をベッドに立て掛けると着替え始める。
と、西浦先輩がぎしっ、と軋んだみたいに固まってる。どうしたんだろう。
あ、そうだ。
二人が揃っているときに、伝えておかないとな。
「あの、西浦先輩、佐賀先輩。俺、今週末はダチとお泊まりすることになりました」
「あん?」
「えっ」
気だるそうに振り返った佐賀先輩と、目を丸く見開いた西浦先輩。
「ええと、お友達っていうと。あの、魔力関係の?」
「あ、そうなんです。週末まで忙しくなるから、お泊りでゆっくり遊ぼうって言ってくれて」
言いながら、つい頬がゆるゆるになってしまう。
ドカッと俺のベッドに座り込んで、佐賀先輩は呆れ声で言う。
「先輩相手にのろけんじゃねえよ」
「のろ……!? してないっすよ!」
ぼっと顔が熱くなる。のろけって! 俺はただ、嬉しいなーって思ってるだけだし!
西浦先輩が、「まあまあ」と苦笑する。
「からかうなよ佐賀。吉ちゃん、楽しんでおいでね」
「はい!」
「ちゃんと勉強もしろよ」
「うす!」
佐賀先輩にくぎを刺されつつ、快く送り出してもらえることになった。
ただ、西浦先輩が「おれもどっか泊りに行こうかな……」って言ったとき、佐賀先輩の眉間の皺がどえらい事になって、びびったけど。
先輩たちも、今日はメシの後で演習場にいくらしい。帰り道に覗いてみたら、試験前のせいか、居残る生徒でごった返してたんだって。
というわけで、先輩たちと一緒に食堂に来た。
食堂では、まだ生徒会と風紀の衝突について、もちきりだった。
「なんか、熱気すごいっすね」
みんな賑やかって言うか、ざわざわしてる。混んでるのはいつも通りだけど、もっと落ち着かない感じって言うか。
と、佐賀先輩がアジフライにソースをかけながら、「そらそうだろ」と言う。
「生徒会と風紀がマジで揉めるとは、誰も思ってなかったからな」
「そうなんすか? 仲悪かったら、普段から喧嘩したりとか」
首を傾げると、西浦先輩が困ったように眉を下げて言う。
「悪いけど、悪すぎて逆に制御が効いていたんだよね。一度でも殴ったら、とことんまで行くことになるって、危惧があったんじゃない」
「ま、今日のことで、ついに爆発てとこだな」
「そ、そうなんすか……」
仲悪すぎて、逆に平和だったのか。そういうこともあんだなぁ。
「でも、協力して警備するのって、いいことじゃないっすか?」
困ったときに頼れる人は、たくさんいたほうが良いって言うし。
そう言うと、佐賀先輩はでっかいため息をついた。
「わかるが、そう言うもんじゃねえだろ。生徒会に、てめえらのお株半分取られたようなもんだからな。今回のことは、風紀にして見りゃ屈辱でしかねえ」
「たぶん、体制が変わることに反対する生徒も、出てくるんじゃないかな。風紀は、なんたって規模が大きいし……もちろん、喜んでる子もたくさんいるから覆りはしないと思うけどね」
先輩たちは揃って、難しい顔になった。辺りを見回して、声を潜めて言う。
「なんにせよ、当分荒れるだろうな。吉村、てめえ迂闊にふらふらすんじゃねえぞ」
「えっ」
「ただでさえ試験前で、苛々してる人が多いし。……よからぬことを企てる人もいるかもしれないから、用心しようね」
二人にかわるがわる心配されて、俺は戸惑いつつ頷いた。
マジでか。
学園が荒れるほど、反発があるかもしれないとは。
今回のこと、俺はいいことだと思ってる。
でも、嫌な人も、やっぱいるんだな。そりゃ、たくさん人が居るんだし、いろんな意見があるよな。
……とは思うんだけど。
須々木先輩や、――イノリの耳に入って欲しくないな。
頑張ってること、反対されるのってやっぱショックなもんだから。全部をシャットアウトなんて、出来ねえってわかるけど……。
「よし、決めた」
俺も、良いと思ってるってこと、たくさん伝えよう。
そんで、俺にも一緒に出来ることないか探そう。ビラ配りとか、ポスター作りとかいいかもしれん。
そうと決めれば、行動あるのみだぜ。
俺は、トンカツをガツガツ食べた。