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第55話 家族の心配


 長い夢を見ていた。

 目が覚めたのは、自室のベッドの上だった。


「あれ……?」


 ぼんやりと天井を見上げていると、ドアが開いた。


「隼人!」


 月歌が、滑り込むようにベッド脇に近づく。


「お姉ちゃん」

「目が覚めたんだね、よかった……」


 月歌の目には、涙が滲んでいた。こぼれ落ちそうなそれに、手を伸ばそうとして、体中痛くて怠いのに気づく。


「辛かったね、隼人。もう大丈夫だから……」


 お母さん、と月歌がドアの向こうに、何度も母をくり返し呼んだ。



 どうやらあれから隼人は倒れてしまったらしい。病院に連れて行ってもらい、家に帰ってきた。打撲から熱が出て、今まで寝込んでいたと。今日は終業式の日、つまりあれから一日経過していた。


「びっくりしたわ。学校から連絡が来て……」


 母が、涙ながらに隼人の手を取る。隼人は、そういえば夢うつつに、母や月歌、父が自分を見下ろす顔を見たような気がした。

 そうか、全部夢じゃなかったんだ。体を起こして、水を飲む。体の中にひんやりと染み渡ってしくのがわかる。美味しかった。


「龍堂くんて子がね、ずっと付き添ってくれたのよ。荷物も持ってきてくれて……」

「龍堂くんが?」


『中条!』


 龍堂の焦った声がよみがえる。

 そうだ、俺はあのとき倒れたんだから、龍堂くんが抱きしめてくれたときに……。隼人は、頰がぱっと熱くなった。

 どれだけ心配をかけただろう。隼人は胸が、ぎゅっと苦しくなった。隼人は顔を上げ、母と月歌を見つめる。


「お母さん、お姉ちゃん、心配かけてごめん。ありがとう」


 にこ、と笑うと頰に貼られた湿布がべろりと剥がれた。ついでに唇が引きつって、「痛!」と身を屈めた。


「隼人」


 母が泣き顔で、隼人の背をさすった。


「無理しないで。ゆっくり休みなさい」

「そうだよ。……ほんとに大変だったね」


 隼人は、もうしばらく眠ることにした。まさか、丸一日も寝込んでしまうとは。終業式なのに、間に合いそうにない。


「皆に心配かけちゃったな」


 隼人は、感謝と申し訳無さでいっぱいになる。


「……どう説明しよう……」


 母も月歌も、たいそう怪我のことを心配していた。隼人の体調などを思って、あえて聞かないでいてくれている、という感じがした。

 これだけ心配かけたのだ、話す義務が自分にはあるような気がした。


「でも……」


 小説がバレて、めちゃくちゃ殴られた――と言うのだろうか。それとも、もっと前から? どちらにせよ。


「言いづらい……」


 目を閉じて、隼人はううんと唸った。皆の誠意に、噓はつきたくない。けれど、言いたくない、それが本音だった。


 龍堂がやってきたのは、昼過ぎのことだった。





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