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第56話 訪ね人


 隼人が体を拭いていると、階下に訪ね人の気配がした。部屋に入って来た人を見て、隼人は目を見開いた。


「龍堂くん!」

「よう」


 訪ね人は、龍堂だった。片手を上げる様は、相変わらず威風がある。龍堂はそっと、ベッドに近づくと、荷物を置いた。


「一応、要りそうな荷物は持ってかえってきた」

「あ、ありがとう! 助かる」


 気遣いに感激する。龍堂を見つめると、見つめ返される。その目には、深い心配の色をたたえていた。


「大丈夫か」

「うん! ごめんね心配かけて」

「謝らなくていい。ごめんな、気づかなくて」


 龍堂の指先が、そっと隼人の額に触れる。その優しい手つきに、隼人はぱっと顔を赤らめた。


「ううん。ありがとう、助けてくれて……ずっと、傍にいてくれたって」

「当たり前だろ」


 本当に当然のように返されて、隼人はぎゅっと胸が苦しくなった。「へへ」と、はにかむ。

 軽快な足音がして、月歌が部屋に入ってきた。


「お茶です」

「ありがとうございます」


 二人はぱっと離れた。その仕草に、隼人は何故だかもっと照れくさくなった。変だな、別に恥ずかしいことなんて何も無いのに……。


「はい、隼人も」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 冷たいお茶に口をつけながら、隼人は首をかしげていた。



 龍堂が帰り、隼人は部屋にひとり寝転んでいた。

 もう、夏休みに入っちゃったのか。

 昨日は、とんでもない一日だった。思い出すだけで、叫びだしそうになる。けれど、思ったより絶望的ではなかった。


『お前が好きだよ』


 龍堂が、隼人を肯定してくれたから。


「へへ」


 隼人は、なんだかいてもたってもいられず、ぎゅっと氷枕を抱きしめた。隼人の熱を吸って頭には温い冷たさのそれは、懐には適度に涼しくて心地よかった。


「龍堂くんがいてよかった」


 本当に、大好きだなあ。

 色々と考えなきゃいけないことはたくさんある。けど、今はこの気持ちに浸っていたかった。



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