「カナト様から離れろ!」
ワタナベが剣を振り下ろす。
ためらいは見えるが剣筋は悪くない。
やはり実力ではなく、性格的な面から覚醒者の仕事に不適格さがあるようだとキズクは感じた。
「くっ!」
大人と子供という差があるだけではない。
能力的なところでもワタナベとキズクには差がある。
キズクはなんとか必死にワタナベの剣をかわす。
「……くそっ!」
一方でワタナベも少しずつヒートアップしている。
キズクの予想通り、ワタナベはモンスターと戦うのに向いた性格をしておらず、覚醒者失格の烙印を押された。
それでも能力的にはただの一般人と生きるのにもったいないぐらいはあった。
だからモンスターと戦わない活動をメインにした覚醒者の活動を探した。
ただやはりモンスターと戦わない覚醒者は馬鹿にされがちである。
能力があるのにモンスターと戦えないという嘲笑は、いつしかワタナベの能力がないかのようにすり替わった。
ワタナベ自身も自分の能力に自信が持てず、どこかに暗い気持ちを抱えていた。
そうでありながらワタナベにもプライドはある。
もうすでに護衛として見た時にワタナベは失敗しているも同じ。
加えてキズクに剣をかわされてワタナベのプライドは傷ついていた。
「お、お前も俺を馬鹿にするのか!」
子供にすら勝てない。
実際キズクは余裕なくギリギリでかわしているのだが、ワタナベはだんだんとわざとギリギリでかわしているようにすら感じ始めていた。
こんなことで不安定になるなら結局モンスターと戦うのには向いていない。
ただこうなってはワタナベを止めることも難しくなった。
「もしもし、警察ですか? 公園で覚醒者の男が子供を襲っていて……ええ、早く来てください」
「なっ……」
「どうしますか?」
契約スキルであるグレイプニルを見せればカナトがよりリッカを狙うかもしれない。
だからグレイプニルの存在は温存しておくつもりだった。
けれども厳しそうならグレイプニルを使っても、どうにか隙をついてカナトを狙おうと思っていた。
そんな時に予想外の人が公園にやってきた。
「誰……?」
キズクも知らないおじさんだった。
細身で無精髭の中年の男性で、記憶に全くない。
「カ、カナト様! 帰りましょう!」
「なんでだ! そいつぶっ殺せばいいじゃないか!」
「殺すなんてとんでもない……それに旦那様にバレては大変なことになりますよ!」
「うっ……」
警察を呼ばれてワタナベもハッとする。
半ば暴走しかけていた状態から少しだけ冷静さを取り戻した。
流石に剣を振り回していたなんてところを逮捕されたらワタナベもどうなるか分からない。
カナトとしてもキズクに接触した挙句、簡単にボコボコにされたなんてことを知られるのはマズかった。
「早く行きましょう!」
「チッ! 覚えてろよ!」
「やっすい悪役のセリフ」
カナトは多少ふらつきながらも、ワタナベに支えられて逃げていく。
逃げていくことはどうでもいいけれど、警察が来てキズクが少し話してしまえは逃げたところでバレるだろうと思う。
どの道、キズクもカナトに攻撃はしたのであまり警察沙汰はよろしくない。
キズクとしても母親にバレたくはないのだ。
「んな顔するな。本当は呼んでないよ」
助けてもらった。
警察が来るなら大人しく事情を話すしかないかな、と思って不安げにおじさんに視線を向けた。
おじさんはニヤッと笑ってスマホをポケットにしまう。
「警察なんて呼んだら面倒だからな。フリだよ、フリ」
おじさんは通報したフリをしていた。
剣を振り回している覚醒者を前にして非常に冷静な行動である。
自分が第三者の立場でそんなことできるだろうかと驚いてしまう。
「おじさん、ありがとうございます」
キズクはおじさんにスッと頭を下げる。
何にしても助かったのは事実である。
逃げるように帰っていったのだからカナトの中では負けた感じも強いだろう。
キズクとしても割としてやった感がある。
「礼なんかいいさ。こんな夜更け子供が出歩くもんじゃない。さっさと帰りな」
「そうします」
わずらわしそうな顔をして、おじさんはさっさと行けというように手を振る。
時間は夜中。
母親のレイカにもバレないように家を出た。
眠いので早く帰ろうとキズクもおじさんにまた頭を下げて小走りで家に帰った。
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「してはどうするつもりだ?」
次の日の朝、ノアは床にお腹を出して寝転がるリッカを見ながら小さくため息をついた。
ひとまずリッカが盗られるという事態は避けられた。
しかし今回は引き下がっただけで、カナトが諦めたという感じに見えない。
殴られて逃げ帰ったので、しばらく直接口を出してくることはないだろう。
でも諦めていない以上また何か手を出してくる可能性がある。
ギルドを辞めさせられ、家賃が上げられるかもしれない。
次もきっとお金がらみで何かしてくるような気がした。
手を打たなきゃまたリッカは自責に駆られて同じことをする可能性がある。
「分かってるよ。ちゃんと次の手は考えてある」
キズクだって起こることに対してしっかりと対策を考えていた。