「調べておけばよかったな」
魔獣も乗せてくれるタクシーはそこら辺を走っているものじゃない。
「のう、キズク」
「なに?」
「あれは?」
家の近くだとレイカにバレてしまう可能性もある。
だから家から少し離れた公園まで来ていた。
そこは昨日カナトと一悶着あった公園だ。
公園横に車が一台止まっている。
住宅街にある公園横の道ではどこかの営業やタクシーが休憩で止まっていることがある。
ノアが見つめる先に止まっている車はタクシーのようだった。
大きな会社のものではなく個人でやっているタクシーだ。
大きなバンタイプの車でだった。
普通のタクシーなら違うだろうと答えるところ、可能性はあるかもしれないと軽くタクシーを覗き込む。
「あっ、魔獣オッケーだ」
窓に魔獣を乗せられるタクシーであるステッカーが貼ってあった。
ちょうど良いと思った。
タクシーを探して呼ぶまでもなく、このタクシーに乗っていけばいい。
「すいません」
キズクはタクシーの運転席側に回ると窓を軽くノックする。
運転手は席を倒して顔にタオルを乗せて寝ているようだ。
起こすのは申し訳ないが、キズクもお昼までには帰ってこなければならない。
「んあ?」
「あれ……」
運転手の眠りは浅かったのかすぐに起き上がった。
タオルを外した顔には見覚えがある。
「昨日のおじさん」
「お前は昨日のガキ、だな」
タクシーの運転手は昨日、警察への嘘通報でキズクを助けてくれたおじさんであった。
「なんだ? わざわざ礼でも言いに来たのか?」
「いや、違うんです。タクシーを利用したくて」
「タクシー? ……ああ、そういうことか」
おじさんはキズクの横にいるリッカと、肩にいるノアを見て小さく頷いた。
魔獣を乗せられるタクシーをたまたま見つけて、声をかけたら自分のものだったのだなとすぐに理解した。
「乗りな。……まあそのデカいのもいいか」
リッカの大きさを見て、車のトランクに乗せるべきかと悩んだけれど、そのまま後ろの座席に乗せることにした。
「それでどこに行く?」
おじさんはバックミラー越しに、ミチミチになった後ろの座席のキズクに視線を送る。
「ええと住所は……」
リッカは二人分ぐらいの大きさの座席を占領して、さらに端に寄ったキズクの膝に頭を乗せている。
キズクはポケットからスマホを取り出して、事前に調べてあった住所を伝える。
「この住所の……」
「北形家だな」
「知ってるんですか?」
住所を言っただけなのに訪問先を言い当てられてキズクは驚いた。
「この住所ならそこしかないからな。シートベルトしろよ」
カーナビを使うこともなく車は走り出した。
キズクはリッカを撫でながら窓の外を眺める。
リッカの背中に乗っていくことは悪くないが、やはり目立ってしまうし細かな移動には向いていない。
公共交通機関も不便は多く、タクシーなんかも余裕があれば使えるが緊急時には使えない。
もう少し大きくなってお金を持てるようになったら車が欲しいなと思った。
「北形に行ってどうする? あそこは剣術の家だろう」
キズクはバックミラー越しにおじさんと目があった。
どうしてそんな言葉をかけるのか。
その理由はキズクにも分かったし、おじさんが思っていたよりも北形家というものを知っているのだなと感じた。
「分かってますよ。でも行かなきゃいけない理由があるんです」
「そうか……なら何も言わない。もうすぐ着くぞ。門の前でいいな?」
「はい、お願いします」
窓の外に塀が見えた。
高く、そして長く続く塀を見ると中にどんな建物があるのだと思わざるを得ない。
「到着だ」
そんな塀の真ん中にある大きな門の前でタクシーは止まった。
「思ったよりも安いですね」
料金メーターを確認して財布を取り出す。
「人間料金だからな」
「えっ?」
表示されている料金はキズクの想定よりも安かった。
それもそのはずで本来なら魔獣を乗せて走る時にかかる料金を、おじさんはかけていないままメーターを回していたのだ。
「どうして……」
リッカが見えていなかったなんてことはないだろう。
「いいんだよ。あんなものぼったくりみたいなもんだ。覚醒者ってやつは金持ってるからな。ガキ相手にそんなぼったくりしないさ」
「おじさん……」
見た目にはちょっと怖いぐらいの人だけど、想像していたよりもはるかに良い人だった。
「帰りはどうする?」
「帰りもタクシー呼ぶつもりですけど」
「この近くにいてやるから終わったら連絡よこしな」
おじさんは名刺を取り出して、キズクの方も振り向かずに差し出した。
「山縣啓司(ヤマガタケイジ)さん……」
名刺には名前と連絡先が書いてある。
おじさんの名前はヤマガタケイジであった。
「ありがとうございます」
「いいさ。どうせ暇なんだ」
キズクは料金を支払ってタクシーを降りる。
「ほ、本当にここが君の祖父がいるところなのか?」
ノアもヤマガタの目がなければなんだこの家は! と騒がしくしているところだった。
塀の長さからするにかなり大きな敷地になっている。
目の前に見える門も大きく、加えてスーツ姿の男性が二人険しい顔をして立っている。
超お金持ちであることは言わずとも分かってしまう。