「こちらです」
キズクが通されたのは道場だった。
家に作られたもので、広い道場があるだなんて土地もどれだけ広いのだと思ってしまう。
道場には袴姿の老人が一人、立っていた。
髪は完全に白くなっているけれど、背筋は伸びていて手や顔の肌は若々しい。
「君がレイカの息子……キズクだな」
「はい、王親絆九といいます」
「最低限の礼儀はあるようだな。私は北形武蔵……君の祖父に当たる人だ」
ムサシはキズクのことを上から下まで観察するように見ている。
次に肩にとまっているノアとキズクの横にいるリッカを見て、眉間にシワを寄せた。
「……それでなんの用だ?」
冷たいものだな、とキズクは思った。
初めて会う祖父と孫の感動の場面を想像していたわけではないが、あまりにも淡々としている。
「俺と母さんがどんな状況にあるか、分かっていますよね?」
温かい祖父の態度など期待はしていないのでショックはない。
ノアは不満そうに小さくうなっているがキズクのためにも我慢する。
リッカもキズクに冷たいムサシに冷たい視線を向けている。
「さあな。すでにウチを出て行った者のことを知る由もないだろう」
嘘つけ、とキズクは思った。
ムサシが亡くなった時に聞かされた話では、時々北形家から接触があったらしい。
監視とまではいかないだろうが、北形家がキズクとレイカの動向を気にしていたことは間違いない。
今どうなっているかだって把握しているはずなのだ。
キズクはジッとムサシのことを見つめてみるけれど、ムサシは意見を覆すことはなさそうである。
「今俺と母さんは困窮しています」
監視していたかどうかなんて今は関係ない。
そんなことを追及しても無駄なだけ。
話を前に進める。
キズクとレイカの状況は分かっているだろうから説明は簡潔に済ませる。
「もう限界に近いです。俺たちを助けてくれませんか?」
「……」
キズクはなんの飾りもなくストレートにお願いした。
ムサシに対しては回りくどくお願いする方が逆効果だろうと思った。
すぐに言葉を返さなかったムサシは目を細めてキズクのことを見る。
「それはあの子……レイカに言われて、こうしてやってきたのか?」
「母さんは何も知りません。俺が独断でやってきました」
「独断でだと?」
「母さんがこの家の人だと偶然知ったんです。調べてみたら大きな家で……仁義を重んじるような家柄だと書いてありました。こうしてお願いしにきた子供をただ追い返すようなところじゃないと思います」
多少の先制攻撃はしておく。
ちゃんと調べて書いてあったことなので、別に嘘は言っていない。
どんなものでも大きくなれば周りから何かを言われるものである。
全く気にしない、無視するというのも手であるし、ボランティアや社会貢献を行なって良いイメージを打ち出すところもある。
北形家、あるいは北形家が持っている天剣ギルドは後者であった。
本気で社会貢献したいのかは知らないが、仁義を重んじて弱者に手を差し伸べる家門というイメージを出している。
先にそうした家ですよねと言っておくことで断りにくくなるはずだ。
「どの程度の支援を望んでいる?」
「三年。三年間助けてください」
「……それでいいのか?」
できれば成人するまでと思う。
早い人なら十八にもなれば覚醒者として活動を始める。
三年間守ってもらえればキズクも働き始められるだろう。
「そのことをレイカは望んでいるのか?」
「望んでいないと思います」
母親であるレイカは最後までキズクに不自由をかけないようにと頑張っていた。
そのせいで体を壊して亡くなってしまう。
きっと北形家に保護を求め、三年後にキズクが覚醒者として活動を開始することにレイカは怒るだろう。
「でも俺の望みは母さんが平穏無事に暮らせて、笑顔でいてくれることなんです」
もしかしたら保護されることになる三年間は肩身が狭かったり、怒っていることがあるかもしれない。
しかしリッカがキズクの元を離れなくなった今、カナトの妨害はより激しくなることが予想される。
回帰前よりもキツイ生活を乗り越えることはとてもじゃないができない。
三年耐えれば北形家を出てキズクもお金を稼いでレイカと生活することぐらいはできるだろう。
「俺が怒られても構いません。母は反発するかもしれません。それでも俺は母を守りたいんです」
レイカは最後までキズクのことを想って亡くなった。
今度は絶対同じようにはさせない。
もっと幸せに、もっと長生きしてもらうんだ。
たとえ一時の恥を忍んでも人生はこれからも長いのである。
「良いだろう。だが条件がある」
「……なんですか?」
ほんの一瞬だけど、ムサシは優しい目をした。
同情でもしてくれたのだろうかと思ったが、またすぐに感情のわからない冷たい目になってしまった。
「力を証明して見せろ」
「力を……」
「弱者には手を差し伸べる。しかしお前は弱者ではなく、この家の血を継いでいる人間だ。望みがあるのなら望みにふさわしい力を見せてみろ」
「どうしたら良いですか?」
「誰かいるか?」
ムサシが道場の外に声をかけると戸が開いて男が膝をつく。
「礼音(レオン)を呼んでこい」
「承知いたしました」
「レオン……」
「少し待っておれ」
男が走り去って無言の気まずい時間が流れる。
キズクはなんだか、やたらと顔を見られている気がした。