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謀略、変化、奥の手9

「な、なんですか?」


 見られていることに耐えきれなくなってキズクが勇気を出してみた。

 気に入らないとか後で言われても困るな思った。


「いや、なんでもない」


 少し気まずそうにムサシは顔を逸らした。


「……こほん、レイカは……元気にしているか?」


 一度小さく咳払いするとキズクから視線を外したまま、話題を切り出した。


「元気にしていますよ。今は大変ですけど……大好きなお母さんです」


「そうか」


「……どうして母さんに手を差し伸べなかったんですか?」


 何回か接触を図ったことはあると聞いている。

 その時にどんな会話が行われたのかは知らないが、助けようとしたことはなかったのかと疑問に思った。


「アレは母親によく似ている」


「俺にとって祖母……ですか?」


「その通りだ。俺の妻は……強い人だった。だが誰かに頼るのが苦手で、強情な一面もあった」


 初めて祖母の話を聞いた。

 写真すら見たことない人の話をこうして聞けるのは少し新鮮だ。


「レイカも同じような性格をしている。こうと決めたら曲げない……声をかけたこともあったが、頑なで、歩み寄ろうとすると逆に離れていってしまうほどだ」


 まるで独り言のようにムサシは言葉を口にする。


「いつか助けを求めてくるかもしれない……そんなことを思っていたが…………まさか息子の方が来るとはな」


「ご当主様、お呼びでしょうか」


 ほんのわずかだけど、ムサシの目に揺れ動く感情が見えた。

 会話が途切れて再び静かになったタイミングで道場に少年が入ってきた。


 キズクと同じぐらい年齢に見える子で、腰に剣を差している。

 その後ろからゾロゾロと人が入ってくる。


「よく来てくれたな。早速だがキズクとレオン、この二人で手合わせしてもらう。キズク、レオンを相手に力を証明してみせろ。ただ助けられる存在ではなく、助けるに値する存在だと示してみせろ」


 力を証明しろとは単純で戦えばいいのである。


「契約した魔獣の力は無しだ。己の力のみで戦ってもらう」


 レオンの視線にムサシは答えた。

 魔獣も己の力ではある。


 しかし今回はキズク本人の力を試す。


「リッカ、ノア、下がっていて」


「頑張るのだぞ」


 ノアはリッカの背中に移動する。

 リッカが壁際まで下がって、キズクはブラックアントアギトを包んでいた布を取る。


 目を引く黒い剣が現れて周りで見ていた人が少しざわつく。


「ほう、いいものを持っているな」


「……良い武器があれば強いというわけじゃないからな!」


 レオンも腰の剣を抜いて構える。

 剣は良いものそうだが、キズクの体は細くて強そうな相手には見えないなとレオンは思った。


 キズクのことは知らないが、軽く倒してムサシに認めてもらおうなんて考えながらキズクの出方を窺う。


「……なんだあいつ? 笑ってる?」


 キズクはレオンのことを見てニヤリと笑っていた。


「北形……そっか。そういえばそうだったな」


「何をぶつぶつ言ってる?」


「いや、こっちの話」


 キズクの記憶には出来事も記憶されているけれど、もちろん人のことだって記憶されている。

 生き残っていて強かった人はもちろん覚えている。


 他にも最後まで生き残っていなくとも印象に残っているような人も大勢いた。

 北形礼音はキズクの記憶に残っている人であった。


 比較的最後に近い時期までレオンは生き残っていた。

 しかし剣術の腕前だけではどうしようもなくなり、渋々モンスターと契約したのである。


 当時キズクはすでにモンスターの飼育係で、レオンのモンスター契約を手伝った。

 ただレオンがモンスターとの契約を決断した時期はかなり遅く、あまり良いモンスターもレオンと相性の良いモンスターもいなかった。


 結果的にレオンは戦いの中で亡くなった。

 しかしキズクは知っている。


 実はレオンにはある種類のモンスターに高い親和性があって、ちゃんとしたモンスターと契約できていたならもっと力を発揮しただろうことを。


「こんなところで会えるなんてな」


 そういえば苗字が北形であったなと今更気づいた。

 北形家の存在を知ってからレオンに出会うまでだいぶ時間も経っていた。


 だからキズクの中でレオンの北形と北形家が結びついていなかったのである。

 レオンの剣の腕前は割と有名であった。


 もしもっと早くからモンスターと契約することを選んでいたら、と考えてしまう。

 上手く仲間に引き込めたら心強い仲間になる。


 だから思わずニヤリとしてしまった。


「いくぞ!」


 レオンの方からキズクに斬りかかる。


「くっ!」


 鋭く重たい一撃をキズクはなんとか受け止めた。

 強いということで記憶に残っているのだから、今の段階でも弱いなんてことはない。


 余計な考えを持ったまま戦うと、呆気なくやられてしまう相手だとキズクは気を引き締める。


「なかなかやるようだな!」


 レオンの方も一撃で倒すつもりで攻撃した。

 それなのにキズクに防がれて少し驚きがあった。


「ほほぉ〜やるではないか」


 キズクに勝てるのか、という心配をしていたノアは闘いに見入っている。

 レオンが歳の割に強いことはノアの目にも分かる。


 対してキズクもレオンの猛攻をうまく防いでいた。

 アリのゲートでの戦いといい、ノアの想像以上にキズクも戦えていた。

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