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謀略、変化、奥の手10

「お座りになられませんか?」


 険しい目をして戦いを眺めるムサシに一人の男が椅子を持って近寄った。


「そうだな。戦いもすぐには終わらなそうだ」


 ムサシが椅子に座ると男は一歩下がった位置に立つ。


「どうですか? ウチの息子は」


「なかなかだな。あの年であれだけ動けるなら十分なものだ。孫たちと比べても……一歩抜きん出ていると言っていい」


 椅子を持ってきた男は北形修(キタカタオサム)。

 レオンの父親である。


「お褒めいただき光栄です。あの子も喜ぶでしょう」


 ムサシに褒められてオサムは笑顔を浮かべる。


「ですが……相手の子もやるようですね」


 レオンの実力が認められた。

 ということは相対的に戦っているキズクについても実力があることになる。


 実力差があれば相手の実力を引き出すこともできない。

 キズクにも実力があるからレオンの実力も見られるのだ。


「ふむ……攻撃に的確に対処しているな」


 ムサシから見てもキズクの体は細い。

 何かスポーツをやっていたり、武術をやっているような体つきには見えない。


 それにもかかわらずまるで経験者かのように動いている。


「それに……」


「それに、なんでしょうか?」


「いや、なんでもない」


 ムサシには引っかかることが一つだけあった。

 けれども確証がなくて口には出さない。


「はああああっ!」


 届きそうで届かない。

 ギリギリのところで攻撃をかわされ続けてレオンは苛立ちを覚えていた。


 最初の一撃こそ防がれたが、価値は揺るがないだろうと思っていたのにその後もキズクはレオンの攻撃をうまく防いでいる。


「いつまで逃げ回るつもりだ!」


 レオンは激しくキズクを攻める。

 こんな相手に手こずっていてはムサシの評価も下がってしまうと焦りも感じている。


「くそっ! 帝形剣法一式!」


 レオンの体から魔力が溢れ出す。

 黄金色にも見える魔力がレオンの体や剣にまとわれる。


「ほう、帝形剣法か」


「もうすでにあの子は剣法の域に達しています」


「型はできている。だが……」


「うっ!」


「なに!?」


 レオンが繰り出した流れるような連続攻撃をキズク必死に耐えた。


「まだまだ荒削り」


 連続した攻撃のほんの一瞬の隙をキズクは突いた。

 レオンはギリギリ防御したが、体のバランスを崩して足がもつれる。


「いいぞー! キズク!」


 キズクの追撃も弾き返すけれど、そのままレオンは倒れてしまった。


「うっ……」


「俺の勝ち、でいいかな?」


 立ちあがろうとしたレオンの目の前に黒い剣が突きつけられていた。


「…………俺の負けだ」


 少し飲み込むに時間はかかったものの、レオンは負けを認めた。

 ここで余計な抵抗を見せることほど不様なことはない。


 それならば負けを認めて、次に向かって努力する方が大事である。

 ただやはり悔しさは隠し切れず、差し出されたキズクの手を取らずに立ち上がった。


 カナトだったら負けを認めないで、周りにズルイ手でも使ったと訴えかけていたことだろう。

 それに比べれば、手を取らなかったことぐらい可愛いものである。


「勝負はついたな」


「……まさかレオンが負けるなんて……」


 オサムは驚きを隠せないといった顔をしている。

 あのままレオンが押し切るのだろうと信じて疑わなかった。


 なのに気づいたらレオンが倒れ、キズクに剣を突きつけられていた。


「魔力の運行が甘いな。各動作の繋がりが不自然になって隙が生まれた。そのわずかな隙を狙われたのだ」


「隙ってそんな……」


 オサムの目から見たって少しのものだった。

 連続攻撃を防ぐのにいっぱいいっぱいになっていて、一瞬の隙に反撃するなんて出来るはずがない。


「勝負を焦って、まだ自分のものになっていない技を使ってしまった。対してあの子は技術も力も及ばないが、防御に徹して食らいつき、必死になって一瞬の隙を突いた」


 油断なく攻め続ければレオンが勝っただろう。

 しかし派手な勝利を望んで未熟な大技に挑んだ。


 キズクはそれでも反撃しないで巧みに攻撃を防いで隙を狙っていた。

 精神的にはキズクの方が一枚上手であったということなのである。


「勝負はそこまで。キズク、お前は力を証明してみせた。お前の願い、聞き受けよう」


 力を証明してみせろと言ったが、勝てとは言っていない。

 負けてもどれだけ食い下がって必死になるのか見るつもりだった。


 だがキズクは勝った。

 まさしく力を証明してみせたのだ。


「近く人を送る。約束通り最低三年間は保護するつもりだ」


「ありがとうございます」


 キズクも余裕の勝利ではなかった。

 汗だくになって、肩で息をしている。


「今日は泊まっていくか? それぐらいは……」


「いえ、今日のお昼は母と食べる予定なので」


「……そうか」


「それでは失礼します。約束守っていただけること期待しています」


 キズクは軽く汗を拭うと一度頭を下げて、道場を出ていく。

 リッカとノアもキズクについていって、道場にはキズクが勝った驚きによる静寂が訪れていた。


「あの子は何者なんですか?」


 他に見ていた人たちもみんなが気になっていたことをオサムが口にした。


「あの子の母親のことはお前も知っている」


「母親?」


「あの子の母親はレイカだ」


「レ、レイカさんの……? だとしたら……負けるのも納得かもしれませんね」


 オサムはレイカの名前を聞いて驚いたように目を見開いた。

 それだけではない。


 周りにいた人たちも皆、驚いている。


「虎の子が虎になるとは限らないこの世界だが……少なくともキズクはただの猫ではなさそうだ。りお、準備してほしいことがある」


「はい、何なりとお申し付けください」


 ムサシに名前を呼ばれて和装の女性が前に出る。


「この家にも新しい風が吹くかもしれないな……」

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