「私、夕元りお(ユウゲンリオ)と申します」
「知ってるわよ……一体何しにきたの?」
北形家を出て次の日、朝早くからインターホンが鳴らされた。
来客の予定なんてないし、仮に来客だとしても時間が早すぎる。
ドアスコープから来客の姿を確認したレイカは、何だか見たこと相手かもしれないと思いながらドアを開けた。
そして開けて改めて相手を見て知っている相手だと顔をしかめた。
やや細い目をした和装の麗人で、怪訝そうな顔をするレイカに対してりおはニコリと笑顔を浮かべている。
「お約束を果たしにまいりました」
「約束? そんなもの私はしてないわよ?」
「ふふ、レイカはしていないかもしれませんね」
りおはパチンと指を鳴らした。
「なっ……何なのよ!」
りおが指を鳴らすとツナギを着た男たちが家の中に入ってきた。
押し入り強盗かと思ったが、手にはダンボールやらガムテープやらを持っている。
「……これはどういうことよ!」
家の中に入った男たちは荷物を丁寧にダンボールに詰め込み始めた。
レイカはりおのことを睨みつける。
「どういうことも何もお約束の履行をしているだけです」
「約束って私はそんなもの……まさか!」
荷物をダンボールに詰め込む約束などレイカには覚えがない。
りおが北形家から来たことはレイカにも分かっている。
こんなことをりおが独断でやるはずないことも理解している。
となると北形家が手を出してきていることは自明の理だ。
だが北形家とレイカの関係は悪い。
何もないのに手を出してくることはないし、レイカも手を出さないようにと言ってある。
なのに手を出してきた。
その理由は一つしかない。
「キズク!」
「……お変わりないようですね、レイカ」
レイカは怒りの表情でキズクの部屋のドアを開けた。
「うわっ!?」
ドアが壊れそうなほどの勢いでレイカが入ってきてキズクは驚いた。
何だかうるさいなと思っていたが、眠くてまどろんでいた。
「な、なに?」
「あなた一体何をしたの!」
「ひょえ……こわっ」
番犬でもあるリッカはキズクの枕になっていた。
レイカが怒っているようなのでソーッとベッドの隅に寄って尻尾を丸める。
ノアもリッカの毛皮に埋まるようにして隠れる。
主人を守るどころか逃げるなんて非情な魔獣どもめ、とキズクは文句を言いたかったけれど、今はレイカの相手をせねばならない。
「何の話?」
ただ寝起きのキズクはなぜレイカが怒っているのか分からない。
「来なさい!」
「うわっ!」
レイカはキズクの襟を掴むと引きずるようにリビングに連れていく。
「な、なにこれ?」
リビングはもうすでにスッキリし始めている。
複数人の男たちがせっせと荷物をダンボールに詰めていて、キズクも状況が分からない。
「どうやら、約束……というものらしいわよ」
「約束……」
「りおが来ているということは北形家絡みでしょうね? 何か身に覚えはないかしら?」
「あ……あはは……」
どうやってレイカに説明したものか。
そんなことを帰ってきてから頭を悩ませていた。
結局いい考えも浮かばなかった。
でも保護するのにも多少の時間がかかるだろうから、その間にどこかのタイミングで言えばいいと思っていた。
まさか次の日の朝早くに来るなんて思いもしなかった。
時間にすれば一日だって経っていない。
「何か心当たりがあるようね?」
レイカがキズクにグッと顔を近づける。
だんだんと襟を掴む手の力が強くなってきて首が締まってきている。
このままだと窒息死するか、下手すれば首でもへし折られてしまいそうだ。
「あわわ……レイカがお怒りだな……」
リッカはキズクの部屋から頭だけを出して様子を見ている。
ノアもリッカの頭の上でうろたえている。
契約した主人はキズクであるが、家の絶対的存在はレイカだ。
ノアたちにキズクを救う力はなかった。
「外に車を待たせてあります。話は後ですることにしましょう」
助けてくれたのはりおであった。
「…………一体何のつもりなのか、しっかり聞かせてもらうわよ」
一度男たちを追い出して、ちゃんと服に着替えてキズクたちは車に乗り込んだ。
「ちゃんとシートベルトはしてくださいね」
「あなたもしなさい。危ないわよ」
りおが運転席に座ったのを見て、反抗的だったレイカも大人しくシートベルトを装着した。
キズクもそれにならってシートベルトをしたのだが、どうして急にレイカが大人しくなったのか理由はすぐに分かった。
「ひょっ……」
りおの運転は荒かった。
見た目大人しそうなのにかなりスピードを出すし、言われた通りにシートベルトをしていなきゃ危ないところであった。
昨日タクシーで行った時よりもはるかに早く北形家まで到着した。
「し、死ぬかと思った……」
「あの子、昔からああなのよ。そのくせ運転したがりだからタチが悪い……」
「知り合いだったの?」
「ええ、そうよ」
「ふん、ふん、ふふん〜」
何となく機嫌良さげなりおの後ろについていき、北形家の門をくぐる。
こんなに早くまた来ることになるなんて驚きである。