「がぁ……いってぇーーーー!」
レイカが指先で爆発でも起こしたかのよう。
「キズク!」
痛みに悶える暇もなくレイカはキズクの頬を挟み込むようにして頭を掴んだ。
そしてグッとキズクの頭を引き寄せると赤くなった額に自分の額をくっつける。
まるで心でも覗き込むようにレイカの目がキズクの目を見つめる。
「そうね……あなたももう子供じゃないのね」
レイカは目を細めた。
追い出されて家を出て、忙しさにかまけているうちに見ているようで、いつの間にかキズクのことをしっかりを見ていなかった。
額をつけてみて、屈むこともなく額がつけられるほどにキズクの背が大きくなっていることに驚いた。
カナトとその母親のせいでどこか自信がなさげだったキズクの目は、まっすぐな意思を宿している。
キズクはもうただ守られるだけの子供ではない。
寂しいような、それでいて嬉しいようなキズクの成長に気がついた。
息子の覚悟と思いやりと行動の結果を無駄にすることはできないと、レイカは思った。
「分かったわ。あなたの勝ちよ」
レイカは優しく微笑みを浮かべた。
額を離し、キズクの頬を撫でる。
今わがままを突き通せば勇気を出したキズクにも、約束を果たそうとしている北形家にも迷惑になってしまう。
「あなたの言う通りにしましょう。少しここにお世話になることにしますか」
「母さん……」
「うむ、丸く収まったようだな」
やはり親子の情は深い。
丸く収まったようでノアとリッカもホッとする。
「ただ……」
「いてっ!」
レイカは再びキズクにデコピンする。
一回目よりは優しいデコピンだが、一回目と同じところにやられたので結構痛い。
「生意気よ? ガキじゃなくてもあなたは私の大切な子供なの。いつまでもそれは変わらないのよ?」
涙目で額を撫でるキズクを優しく細めた目でレイカは見つめている。
「こんなことするなら私に言いなさい」
「でも言ったら母さんダメだって言うでしょ?」
「そりゃ当然じゃない」
「じゃあ言えないよ……」
ダメと言われるのが分かっていたから勝手に行動した。
「……説得してみせるってぐらい気概を見せなさいよ」
「もうちょっと大人になったら、かな?」
ガキではないといってもまだまだレイカに敵う気はしない。
困ったように笑うキズクの頭をレイカは撫でる。
「ただあなたにだけ責任は負わせないわ」
忘れていたが今いるのは北形家の大広間。
ムサシのみならず北形家やギルドの人がいる前であった。
最初に泣き崩れたおじさんの他にも何人かちょっとウルッとしている人もいた。
一方でムサシは変わらぬ表情でキズクとレイカを見ている。
レイカはムサシの方を振り返る。
「キズクの望みは私の望み。キズクの責任は私の責任よ。私も剣の誓いを立てるわ」
「……その必要はないだろう」
「いいえ、これは私のプライドの問題でもあるわ」
「……いいだろう。赤剣隊の鈴浦(スズウラ)を呼んでこい」
何をするのか知らないが一人の女性が呼ばれて大広間にやってきた。
腰に剣を差した若い女性で、服の腕のところに赤い剣のマークが入っている。
「お呼びでしょうか?」
「スズウラ、お前が赤剣隊の副隊長になってからどれぐらいになる?」
「はっ、もう一年になります!」
「そうか。よくやってくれているようだな」
「お褒めいただき光栄です!」
スズウラは背筋を伸ばす。
「一つお前の力を見せてもらいたい。そこの者と手合わせを」
スズウラはムサシが視線をつけるレイカのことを見た。
「魔力は無し、純粋に剣の勝負だ」
「承知いたしました」
「誰か、レイカに剣を」
左右に控えていた人たちが一瞬探り合うような空気を見せた。
左目に眼帯をつけた中年の男性が前に出て腰に差していた剣をレイカに差し出す。
「お前さんには少し重いかもしれないが大丈夫か?」
「私をだれだと思ってるの、ユウジおじさん?」
「とは言ってもしばらく剣は握っていないだろう?」
「トラは狩りをしなくてもトラで、牙は失わないものよ」
「自分で自分を虎と言うか」
ユウジはニヤリと笑うと列に戻っていく。
会話を聞く感じではユウジともレイカは親しそうだ。
「スズウラ」
「りお先輩! なんでしょうか?」
「一つアドバイスしておくわ」
りおは余裕すら感じさせるスズウラに声をかけた。
「気を引き締めなさい。油断するとやられるわよ」
「私が負けると言いたいのですか?」
りおの言葉にスズウラは少しカチンときていた。
女性で強い相手というのはやはり男性に比べると少ない。
目ぼしい相手ならスズウラでも知っている。
レイカのことは知らない。
ならば少なくとも高名な相手ではないということだ。
有名ではない強者という者もいるが、いきなり現れた大きな子持ちの女性に負けるはずはないとスズウラは思っていた。
「……なるほどね」
「何がですか?」
「いいえ、頑張りなさい。みんな見てるから」
どうしてレイカの相手にスズウラを選んだのか。
その理由がりおには何となくだが分かった気がした。
忠告はした。
それをどう受け取るかはスズウラ次第である。