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お引っ越し4

「鈴浦葵(スズウラアオイ)と申します。よろしくお願いします」


「私はレイカよ。よろしくね」


 レイカは剣を何回か振って確かめる。

 多少重たさは感じるものの、これぐらいなら許容範囲だ。


 左右で列をなしていた人たちが壁際まで下がる。

 このまま大広間で戦うつもりのようだ。


「キズク、下がっていなさい。あなたがただ守られるだけじゃないように、私も守られるだけの存在じゃないこと教えてあげるわ」


 大丈夫なのかと心配するキズクの顔を見て、レイカは笑顔を浮かべる。


「それでは始めよ」


「先手はお譲りします」


「あら、優しいのね」


 スズウラはあくまでも余裕の表情を浮かべている。


「じゃあ……行かせてもらわよ」


 駆け出したレイカは剣を振り上げた。

 緩慢なほどにゆっくりと持ち上がった剣を見てスズウラはやはり素人か、と思った。


「うっ!?」


「ダメじゃない。油断しちゃ」


 大きく上がった剣をレイカは一気に振り下ろした。

 鋭く、素早くて、スズウラはギリギリのところで剣を受け止めて防いだ。


 振り上げ方は素人だったのに、振り下ろし方は素人のそれではない。

 もう少し防御が遅れていたら頭をかち割られていたところだった。


「いくわよ」


 レイカは体に力を込めてスズウラを押し出す。

 そのまま攻撃を仕掛ける。


 素人じゃない。

 それどころか、かなりの熟練者だとスズウラはようやく気がついた。


「くっ……なめないで!」


 スズウラはレイカの剣を弾き返すと反撃に出た。


「あれは……」


 スズウラの剣の動きは以前キズクが戦ったレオンと同じものであった。


「帝形剣法の一式ね」


「なに……」


 流れるように繋がる剣は、レオンのものよりも遥かに完成されたクオリティをしている。

 けれどもレイカは涼しい顔をして全てを受け切ってしまった。


 そのことにスズウラは驚きを隠せない。


「まだまだ!」


「二式……三式……うん、素晴らしいわね」


「どこでこれを!」


 スズウラの流れるような連続攻撃がさらに繰り出されるけれど、それすらもレイカには通じない。

 レイカが帝形剣法を知っている、とスズウラは察した。


「でもダメよ」


 今度はレイカがスズウラの剣を弾き返して反撃に移る。


「習ったものをそのまま使うだけなら猿でもいいのよ」


「帝形剣法一式……!」


 レイカはお返しとばかりにスズウラと同じく剣を振る。

 しかしレイカの方が速くて鋭い剣であることにキズクは驚いてしまう。


「うむむ……レイカは何者だ?」


「俺も知らない……あんなに戦えるのも意外だったよ」


 スズウラも知っている動きなので何とか防御できていた。


「うぅ! 二式!?」


 レイカの剣が変化した。

 こう動くだろうと予想していたのと違う動きで攻撃されてスズウラはうろたえる。


 それは帝形剣法二式と呼ばれる動きの途中の部分だった。


「ほら、これはどうする?」


 連続する滑らかさはそのままにレイカの剣はさらに変化を見せ、スズウラは必死の形相で食らいついている。


「あっ!」


 レイカの剣の速さと変化についていけずにスズウラの剣が手から飛んでいく。


「ぐふっ!?」


 レイカは冷たい目をしてスズウラの腹に蹴りを入れた。


「ダメじゃない」


 腹を抱えて膝をついたスズウラに剣を突きつける。


「たとえ武器を失ってもしっかりしなきゃ。敵は武器を失ったからって待ってくれる思うかしら?」


 スズウラは思わず飛んでいく剣を目で追ってしまった。

 けれども戦いはまだ終わっていなかった。


 呆然と剣が飛んでいく様を眺めているなど、ただの隙だらけの状態と変わりがない。

 実戦ならレイカはスズウラを切り捨てていた。


 だけど今回は命を奪う戦いではないで、蹴りを入れることで強い警告を与えたのである。


「負けを認める?」


「……はい、私の負けです」


 武器を失い、情けなくお腹を抱えている状態では負けを認める他にない。


「これでいいかしら?」


「……流石腕は衰えていないな」


「いえ、だいぶ大変だったわよ」


 ムサシの言葉にレイカはため息をつく。


「ともあれ勝ったのだ。願いは聞き受けよう」


「まあそうね……二年は私の願いで、一年はキズクの願いってことにしてもらえるかしら?」


「ふっ、そうしよう。ではこのまま準備を進めてもいいのだな?」


「ええ、お世話になるわ」


「部屋は用意してある。お前が以前使っていたそのままだ。キズクにも部屋はある」


 ムサシはほんの少しの微笑みを隠すように咳払いした。


「りお先輩……あの人誰なんですか?」


 立ち上がってふらふらと端に避けたスズウラは負けたことが信じられない思いだった。

 しかし内容を振り返ってみると戦いは一方的と言っていいほどであった。


「ここにいるならあなたも聞いたことがあるはずよ。鬼才と呼ばれた北形家の長女がいると」


「確かにチラリとそんな話は……まさか」


「彼女……レイカがその鬼才ってやつよ」


「えぅ、……そんな、本当にいたんですね。てことは私は北形家の方にご無礼を……」


 スズウラは驚き、顔を青くした。

 勝てるだろうと偉そうな態度をとってしまった。


 レイカがムサシの子であり、北形家の直系であることならばスズウラの態度は問題である。


「大丈夫よ。あの子はそんなこと気にしないから」


「それなら……いいのですが」


「りお、部屋まで案内してあげなさい」


「はい。スズウラ、お腹ちゃんと冷やしておきなさいよ」


 何はともあれ話はうまくまとまった。

 デコピン数発で話が済んだのならキズクにいうことはない。


「これであのマヌケに手を出されずに済みそうだな」


 ノアは何もしていないのだけどドヤ顔している。

 北形家に来た以上は、衣食住の食住ぐらいは確保できたといっていい。


 カナトが手を回そうと北形家には手を出せない。

 となれば出ていくまでの三年間は無事に過ごせる、ということになる。


「行きましょうキズク。今日からここが私たちの家よ。……気に食わないけど」


 それでもレイカは少し不満そう。

 三年間で力をつけてちゃんと独り立ちして自由に暮らそう。


 そう思ったキズクであった。

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