「行ってきます」
「いってらっしゃい」
北形家での生活が始まった。
といっても大きく変わることはない。
キズクは平日の日中学校がある。
もうすでに一度学んだことなので行く必要を感じてはいないが、回帰して記憶があるから行きませんなんてレイカに説明はできない。
ただし登校の方法は変わった。
北形家に住まいを移して学校が遠くなった。
子供の足では登下校がちょっと難しい。
そのために北形家で送迎してくれることになったのだ。
「お前らも大人しくしてるんだぞ。あんまり良い顔されないからな」
キズクはリッカとノアの頭を撫でる。
基本的にいつも一緒にいるが、流石に学校までは連れて行けない。
「坂本さん、お願いします」
「はい、それでは行きますよ」
車に乗り込んでシートベルトをしっかり締める。
送迎をしてくれるのは坂本賢司(サカモトケンジ)という年配の男性である。
なんでも古くから北形家に仕えているらしく、レイカの世話をしていたこともある人らしい。
送迎だけじゃなく普段の身の回りの世話も焼いてくれていて、リッカやノアにも優しい人である。
「またこうしてレイカ様……そしてそのご子息であらせられるキズク様にお仕えできて光栄です」
「母さんにも昔から世話してるんですよね?」
「ええ、それこそ生まれた時からでございます」
「母さんはどんなだったの?」
あまりレイカの昔話を聞いたことがない。
昔話をすると北形家に関わることだったり、追い出された王親家のことだったりとどうしても絡んでしまう。
だからレイカは話したがらなかったし、キズクも聞き出そうとはしなかった。
「レイカ様……キズク様に似ていらっしゃいますね」
サカモトはチラリとバックミラーでキズクのことを見る。
「俺がですか?」
「ええ。性格ではなく見た目が。レイカ様の若い頃に似ておられます」
「初めて言われました」
似ていると言われて恥ずかしさも反面で、ちょっと嬉しいものだなとキズクは思った。
「ただ性格は似ておられないかもしれません。ですが似ているところあるといえばあるかもしれません」
「どっちなんですか?」
「レイカ様はおてんばでした。レイカ様は鬼才と呼ばれるほどにご才能がありました。そのために周りの期待も大きく、重圧もあったことでしょう。こうした重圧や責任に反発するようなご性格をしておりました」
「へぇ」
意外だな、とは思わなかった。
おてんばであったような片鱗を感じさせることはたまにある。
どの道、おしとやかなお嬢様であったとは思っていない。
「……ですがそれも、レイカ様をレールにはめようとした我々がそうさせてしまったのでしょう」
サカモトが目を細める。
すると年齢を感じさせるような小じわが目元に寄る。
「あくまでも自由でありたかった。それがレイカ様の望みだったのでしょう。家を飛び出し、縁を切ってまで結婚したのもあるいは北形家に対する反発だったのかもしれません」
いつもは揺れもない静かなブレーキをかけるのに、今回は少しばかりブレーキも荒い。
レイカの話に思うところがあるようだ。
「あまり多くを話すとレイカ様に怒られてしまいます。今聞いたことも秘密にしてください」
「男同士の約束ですね」
「ふふふ、そういたしましょう」
「でも……どこら辺が似てるんですか?」
似ていないが似ているとサカモトは言った。
自慢じゃないがキズクは静かな方である。
おてんばと言われるほどに活発な性格はしていないという自覚がある。
もちろん荒々しい行動だってとっておらず、品行方正なつもりでもあった。
「豪胆さ……とでも言いましょうか」
「豪胆さ?」
「単身で北形家に乗り込んでくる胆力はレイカ様そっくりです。ご当主様の前でも一歩も引くことがないそのお姿は、昔のレイカ様を見ているようでした。意思を宿したその瞳はなかなかお目にかかれるものではありません」
何者にも屈しないようなまっすぐな目はレイカの瞳と同じであった。
だから似ているのかもしれない。
決められたレールの上ではなく、自分が自分らしくいられるような道を自分の力で歩んでいく意思を宿している。
「だから似ているのです」
サカモトは目尻に小じわを作って笑顔を浮かべる。
回帰前の経験があるから堂々としていただけ。
そう思ったけれどキズクは口にしなかった。
ともかく今回の人生では前に進むと決めたのだ。
その覚悟が見てとれるほどに現れているのなら悪いことでもない。
「もうすぐ着きます。ご準備を」
「いつもありがとうございます」
「いいえ、昔のレイカ様のお世話に比べたら楽なものです」
そんな冗談も言えるのだなとキズクも笑ってしまう。
ただちょっとだけサカモトの目が本気だったような気もする。
「お帰りはいつもの時間で?」
「そのはずです。遅れるようなら連絡入れます」
「承知いたしました。それでは学校楽しんでください」
キズクは校門から少し離れたところで車を降りる。
送ってもらった最初は校門の前でおろしてもらったものだから変な注目を浴びたものである。