「おはようございます」
「はい、おはよう」
校門の前に立つ先生に挨拶をして学校に入っていく。
学校生活そのものは非常に平和であった。
カナトは良いところの私立に通っているが、キズクはごくごく一般的な公立校に通っていた。
周りの子たちも一般的な家庭の子が多く、取り立てて問題もなく過ごしている。
北形家に住まいを移すにあたって転校という話も出た。
けれども、もうあと少ししか通うことはないのでそのまま通い続けることにした。
「おう、おはよう」
「おはよ」
思えばこの時期が一番平和だったかもしれない。
クラスメイトと挨拶して軽く会話する。
なんてことはない日常の一コマである。
ただこうした日常も将来は貴重になってしまう。
「なあ、お前は高校どうするんだ?」
「高校? ああ……」
特別に進学校でもないが、もう誰もが進学というものを意識している。
キズクは高校について、聞かれてようやくそんなものあったなと気づいた。
回帰前、進学についてキズクはあまり深く考えなかった。
というのも進学しないぐらいのつもりであったのだ。
理由はいくつかある。
この時期、本来リッカはカナトの下に行ってしまっていた。
そのためにキズクは失意の底にあった。
リッカに見捨てられたのだと思い絶望して、カナトに怒りを抱え、経済的に困窮して不安を感じていた。
勉強も手につかなくて高校も行かないつもりだったのだ。
だけどせめて高校は行きなさいというレイカの言葉で、あまり勉強しなくても行けそうな高校にとりあえず入った。
あの時期が一番人としても危うい感じだったと今は思う。
リッカを失って自分には何もないと思い込んで、それでもやはりモンスターと契約して活躍することを夢見ずにはいられなくてネットの覚醒者関連のニュースばかり見ていた。
対して今はどうだろうか。
金銭的な援助までは期待できないだろうが、食住にかかるお金がほとんどと言っていいほどになくなった。
つまりお金に余裕ができたのである。
北形家の保護を受けている以上多少の制限はあるものの、高校進学になんの障害もない。
今一度勉強に力を入れればそれなりに良いところも狙えるかもしれない。
覚醒者として活動をするつもりだけど、良い高校に行っておけば損なことはないだろう。
高校に行くということが急にキズクの中で選択肢として浮かんできた。
「お前覚醒者だもんな。アカデミーとか行くのか?」
「アカデミー? いや、あんま考えてなかったな」
今は早くから覚醒者としての教育を行う覚醒者アカデミーが存在している。
教育機関としては高校に当たり、覚醒者ならば進学先として候補になる。
ただキズクはアカデミーを進学先とは考えていなかった。
なぜなら遠いし、お金もかかるからだ。
北形家から遠いので家から通えない。
加えて覚醒者アカデミーの費用は一般の学校よりも高い。
減免制度や奨学金もあるが経済的な負担になることは間違いない。
そして最も理由が一つある。
それはカナトがアカデミーに通うからだ。
王親家で後継者として有力視されているカナトは覚醒者アカデミーに通うことになる。
同じくアカデミーに通えば何をされるか分かったものではない。
現実的なのは北形家から通えるちょっと良い高校だろう。
「俺は……あそこかな」
「えー、お前ならもっといいとこ行けんじゃん?」
「まあ家から通えるからな」
「あー……まあそういうのも大事か」
高望みはしない。
むしろ学力的に余裕がある方が体力にも余裕ができる。
体を鍛えたりするのにもちょうどいいかもしれない。
「ホームルーム始めるぞ〜」
教室に担任の先生が入ってきた。
どこに行くにしても、きっとレイカはどこかしらに行けというだろう。
あまり勉強しなくてもいいように授業は真面目に聞いておくべきだなとキズクは思った。
ーーーーー
しっかりと授業を受けた。
回帰したために二回目の授業だけど、意外と抜けてるものだ。
「リッカに会いたいな……」
リッカをモフモフすることがキズクの日課でもある。
気づくとキズクはリッカのことをモフっている。
いなくなってしまうこともショックだけど、リッカをモフモフできなくなるということもショックだったのかもしれない。
午前中はなんとか乗り切ったものの、お昼頃になると禁断症状のようにリッカのモフ毛を欲してしまっている。
授業も終わったので後は帰ればリッカも待っている。
「ノアもビッグにならないかな……」
ノアも意外と手触りがいい。
ふわっとした羽毛は意外とクセになる。
ただ小さいのだ。
もっと触りごたえが出てくればダブルモフモフでキズクもウハウハである。
せめて回帰前ぐらいの大きさになれば、と思ってしまう
「そういえば人型にもなれるんだったな」
最後ノアが人の姿になったことをキズクは思い出す。
「まあ結構美人だったよな」
背中の翼もフクロウ羽毛でモフモフしていた。
人型なら翼モフモフもできるだろうかと良からぬことを考える。
「ん? サカモトさんからだ」
教室に人も少なくなってきた。
そろそろ帰ろうかと思ったところでスマホにメッセージが入ってきた。
今時らしくサカモトともSNSで連絡を取り合っている。