「そんな小細工通じるかよ!」
グレイプニルを避けながらロン毛男はあっという間にキズクと距離を詰めてくる。
今下手に攻撃すると剣で斬られてしまうので回避に徹する。
グレイプニルを絡ませられれば相手を止められるだろうが、巧みにかわされてしまうのでまともな反撃すら難しい。
「俺のことも忘れていないだろうな!」
「がっ!」
立ち直ったあごひげ男がいつの間にかキズクの近くに迫っていた。
あごひげ男が振り下ろしたナイフをグレイプニルでガードしたが、続け様に殴りつけられて防御が間に合わなかった。
顔面を思い切り殴られたキズクは地面をゴロゴロと転がって、塀に叩きつけられる。
「容赦なしかよ……」
目の前がチカチカする。
鼻から血が垂れてきて、口の中に鉄の味が広がる。
「悪いな。恨みはないけど仕事なんだ」
キズクの首にナイフが突きつけられる。
こんなところでこんな死に方をするのか。
せっかくやり直して、今度は前に進むと決めたのに。
「……そんな目をするなよ」
キズクは剣を突きつけられても諦めた目をしていなかった。
泣き喚かれることも面倒だが、諦めないで目をされているのもなんだかやりにくさを感じる。
「いいからさっさとやれよ」
「うるせえ!」
男たちは少し揉めている。
能力は悪くなさそうだが、こうしたことに関してプロではなさそうだ。
どうにか隙を見つけられないかと思うけれど、二人同時に倒す手段が見つからない。
グレイプニルが二本あればと思ってしまう。
「ウダウダしてると魔道具の効果も切れるぞ!」
「……ハァ、しょうがねえ……恨むなよ」
一人でも拘束して活路を見出す。
もはやそれしかない。
「キズクー!」
「この声は……」
「なっ……うわっ! なんだ!?」
あごひげ男がナイフを振り下ろそうとした瞬間だった。
黒い何かがあごひげ男に襲いかかって地面に組み伏せた。
同時に聞こえてきた声にキズクは聞き覚えがある。
「なんだ……モンスターだと! そういえばこいつはオオカミのような魔獣を連れていたが……どこから」
「おい! いいから助けろ!」
あごひげ男に襲いかかったのはリッカであった。
毛を逆立て、ナイフを持った腕に噛みついている。
「大丈夫か、キズク!」
「ノア!」
少し遅れてノアが飛んできた。
頼もしい援軍にキズクの表情は明るくなるけれど、ノアはキズクの顔が鼻血で赤く染まっていて怒りの感情を目に浮かべる。
「あやつがやったのだな?」
「ああ……」
「早く助けろ!」
リッカの力は強く、深く噛みつかれると簡単には振り解けない。
人ほどの体格があるリッカに覆い被されるとたとえ大人の力でも引っくり返すことすら難しい。
「わ、わかっ……へっ?」
「ええっ!?」
助けを求められたロン毛男はキズクを優先すべきか、リッカを優先すべきか迷いをみせた。
ただ大声で助けを求められれば流石に無視もできない。
しかしリッカの方に向かおうとしたロン毛男に車がぶつかってきた。
結構な速度でぶつかられて、ロン毛男は悲鳴すら上げられずに飛んでいく。
「申し訳ございません。少々遅すぎたようですね」
ぶつかった車から降りてきたのはサカモトであった。
「キズク様に狼藉を働いたのはそこの愚か者どもですね」
どこから取り出したのか知らないけれど、サカモトは手に剣を持っていた。
細身の両刃剣が夕焼けの太陽を浴びてギラリと光る。
「この……クソ犬!」
あごひげ男は蹴り上げるようにしてリッカを体から離す。
右腕はリッカに噛まれてズタズタになっている。
「キズク様にオイタをしたのは左手のようですね?」
立ち上がったあごひげ男の前にはサカモトがいた。
キズクは明らかに殴られたように鼻血を出している。
車で轢かれたロン毛男の手は綺麗なのに対し、あごひげ男の左手は拳部分が赤くなっている。
普通の人なら気づかないだろうところをサカモトはめざとく見ていた。
「だったらどうし……」
「罰が必要でしょう」
見えなかったとキズクは思った。
気づいたらあごひげ男の左腕が肩から無くなっていた。
恐ろしいほどのスピードでサカモトが斬り飛ばしたのである。
「どなたの差金でしょうか? 頭が胴体とお別れする前に答えた方が身のためですよ?」
叫ぶ暇もなくサカモトがあごひげ男の首を掴んで剣を突きつける。
キズクを殺すことをためらった男たちと違ってサカモトは本物の目をしていた。
剣先が軽く突き刺さって血が滲む。
「待って、サカモトさん!」
「キズク様?」
キズクは手の甲で乱雑に鼻血を拭うと立ち上がった。
若干ふらつく感じはあるけれど、殴られたダメージはもうほとんど抜けている。
「こいつらを雇った犯人は大体見当がついてる。だから殺さずに……連れて帰ろう」
「何か考えがおありなのですね?」
ニヤリと笑うキズクを見てサカモトは目を細める。
「ああ、ちょっとね」
やはりキズクはレイカによく似ている。
もしかしたら祖父であるムサシにも似ているかもしれない。
そんなことをサカモトは思った。
「白昼堂々と人を殺しはいたしません」
サカモトは笑顔を浮かべて剣を引く。
「キズク様のご温情に感謝することです」
男に顔を寄せ、耳元でささやくサカモトの顔にはキズクに向けたような笑顔はなかった。