「本当に大丈夫なのか?」
「ああ、一発ぶん殴られたけど平気だよ」
ノアが心配そうにキズクの顔を覗き込む。
派手に鼻血が流れていたので見た目にはひどいが、まともに食らった攻撃はグーパンチ一発だけである。
「今回リッカとノアも来てたんだな」
リッカが手を頭を擦り付けてくるのでキズクは笑顔で撫でてやる。
「うむ、いつもの場所にいないからリッカを放して探したのだよ」
最近迎えの車にリッカとノアが乗っていることもあった。
家で待ちきれなくて車の横でピタリと待っていると、サカモトが根負けして乗せてくれるのだ。
それからサカモトが出発する時に待っていると乗せてくれるようになった。
今日もリッカとノアはサカモトの車に同行していたのである。
渋滞に巻き込まれて遅れて学校に着いたサカモト達だったがキズクが来ないので不審に思った。
キズクがどこかでグレイプニルを使っている。
このことを感じ取ったリッカがドアをカリカリと引っ掻くと、その様子を見たサカモトも何かを感じてリッカを放した。
走っていくリッカを追いかけて、車を走らせるとキズクが追い詰められているところだったのだ。
「そうなのか。助かったな」
キズクはノアの頭を指先で撫でる。
「賊どもは収納いたしました」
「賊って……」
キズクを襲った男たちは放置せずにそのまま連れ帰ることにした。
車で轢かれたロン毛男も生きていたので、サカモトが二人まとめて車のトランクに詰め込んだ。
「それでは帰りましょうか」
「あっ、その前にちょっと学校寄って血を流してこようかな」
ーーーーー
「キズク! 何があったの!」
顔の血は洗い流せても制服についた血までは誤魔化せない。
帰りが遅いと待っていたレイカにはワイシャツについた血が簡単にバレてしまった。
頬にも傷があるし、これだけ遅くなれば言い訳のしようもないだろう。
「……襲われたんだ」
「襲われた?」
レイカの顔が一気に険しくなる。
「犯人は多分……カナトだよ」
「あのクソガキ……!」
「待って母さん。俺に考えがあるんだ」
今回の襲撃はカナトの仕業だろうとキズクは考えていた。
男たちは明らかにキズクのことを殺そうとしていた。
誘拐するとかお金を奪おうとかではなく、キズクの命を狙っていたのである。
近くにいたから偶発的に狙われたのではない。
となるとキズクを狙う理由があるのだ。
キズクは男たちのことを知らない。
個人的な恨みで狙われるようなことはない。
恨みはないというような発言もあった。
つまり男たちは誰かに雇われてキズクを狙ったということになる。
キズクを狙う人なんて限られている。
それこそカナトぐらいしか思い当たる人はいない。
ここまでするなんて意外であったが、プライドを傷つけられたおぼっちゃんらしい暴走の仕方だとも同時に思ってしまう。
カナトが犯人だろうと聞いてレイカは怒りをあらわにした。
今すぐにでもカナトのところに乗り込んでいきそうな気配を感じたキズクはレイカを止める。
「……何をするつもりなの?」
「ちょっと大事にしちゃおうかなって」
キズクは笑顔を浮かべている。
今キズクはきっとレイカよりも冷静だ。
「……あなたに考えがあるなら任せるわ」
レイカはため息をついて怒りを飲み込んだ。
子供の喧嘩の域を超えている出来事だが、最近のキズクはしっかりとしている。
任せてみた方がいいだろうと思った。
生ぬるいようなら介入すればいいのだ。
「それで、どうするつもりなのかしら?」
「おじいちゃんに会おうかなって」
もちろんどうするのかは考えてある。
「母さんも行こっ」
「私も?」
「俺がどうするか気になるでしょ?」
「まあそうね」
まずは祖父であるムサシに会う。
ーーーーー
「お久しぶりです。ご当主様」
「……不便はないか?」
「以前よりも良い暮らしをしています」
キズクが基本的にムサシに会うことはない。
ムサシが会いに来ることもなければ、キズクが会いにいくこともないのだ。
ムサシの部屋とキズクやレイカの部屋はそんなに遠くもないのだけど、日中キズクは家にいないのですれ違うようなこともない。
だから久々といえば久々なのである。
会いはしないがそれなりに気遣ってくれている感じはある。
お世辞でもなんでもなく不便はなくて、以前の貧乏暮らしに比べればかなり良い暮らしをさせてもらっている。
「今日はどうした? レイカと……そいつらは?」
ムサシはキズクから視線を外す。
キズクの後ろにはレイカと、サカモトに連れられた男たち三人がいる。
レイカとサカモトはともかく、手を縛られた見知らぬ男が三人もいてはムサシも気になる。
「今日俺は学校帰りに襲われました」
「…………なんだと?」
「命を狙われたんです。こいつらに」
「……それは本当のことか」
ムサシから魔力が漏れ出す。
「あっ……ああ」
殺気のこもった重たい魔力を向けられた男たちは体が震え出す。
一気に冷や汗が吹き出して、後ろにサカモトがいなければそのまま逃げ出してしまいたいような衝動に駆られる。
「待ってください、ご当主様」
キズクはムサシのことを目の前でおじいちゃんとは呼ばない。
なんと呼べとも言われていないが、特に祖父であるともそんなに認めていないのだ。