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敗者の憂鬱

「カナト! お前何をした!」


 王親家。

 カナトは父親の王親弥彦(オオギミヤヒコ)に胸ぐらを掴まれていた。


 カナトは情けなく青い顔をしてされるがままに壁に叩きつけられる。


「あなた! やめて!」


「うるさい!」


 ヤヒコの腕にすがりつくのは王親雪江(オオギミユキエ)、カナトの母親である。

 ヤヒコはユキエを振り払うとカナトのことを睨みつける。


「な、なんのことだか……うっ!」


 ようやく口を開いたカナトのことを叩きつけるように床に投げ捨てる。


「お前が一番分かっているはずだ!」


「最近は大人しく……」


「北形から連絡があった!」


「北形……?」


「お前、人を雇ってキズクを襲わせたそうだな! 今あいつらは北形に身を寄せている。うちの者に手を出すなと警告が来たんだよ!」


「そ、そんなの、知らない……」


 カナトはキズクが北形家にいることを知らなかった。

 そもそもレイカが北形家の血縁であることも知らないのだから、キズクが北形家に保護を求めることは想像もできなかった。


 ただそういえば問題があると一度シブられたことを思い出す。

 何が問題なのか聞くこともなく、お金を上乗せして仕事をやり遂げろと伝えたことがある。


 もしかしたらそれが北形家にいるということだったのかもしれないと今更気がついた。


「向こうは散々なことを言ってきた! お前の仕業だと分かっているはずなのに俺が息子を殺そうとしたと騒ぎ立ててもいいなどとほざきやがった!」


 単にキズクに手を出すなというだけでは面白くない。

 良いカードを手に入れたのなら使わねば失礼というものだ。


 北形家はキズクの襲撃というカードを最大限利用することにした。

 今現在キズクは北形家の人間である。


 たとえ息子だろうと王親家は北形家に手を出したことになるのだ。

 どうとでもできる、と北形家は通達した。


 カナトが暗殺を目論んだとすることも、あるいはヤヒコが息子に手をかけようとしたとすることもできる。

 正直レイカとのことは、ヤヒコにとって表沙汰にしたい出来事ではない。


 北形家がバックについて騒ぎ立てられると、ヤヒコもまずいことになる。

 だからといってカナトの不祥事として騒がれるのもまずい。


 同じ年で腹違いの兄弟間で暗殺未遂事件が起きたなど、注目を集めてしまう。


「金と攻略予定だったゲートをいくつか明け渡すことになった。魔獣なら用意してやるから大人しくしてろと言っただろ!」


 完全に怒りに飲まれたヤヒコは再びカナトの胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。

 カナトがキズクのところに行った挙句、負けておめおめと帰ってきたことは知っている。


 だから大人しくしていろと命じた。

 基本的にカナトが何をしようとヤヒコは関与しない。


 しかし汚点になりそうなことはよく思っていなかった。

 カナトがリッカを羨ましく思っていることも知っていたが、そのうち相性の良い魔獣が現れるだろうとカナトには言っていた。


 まさかリッカを奪いに行って負けて帰ってくるなんて、ヤヒコはカナトにがっかりした。

 その上で今回の出来事は王親家にも大きな損害を出した。


 流石にヤヒコも黙ってはいられない。


「キズクに手を出すな。しばらくは死んだように大人しくしているんだ。次に騒ぎを起こしたら息子でも容赦しないからな」


 ヤヒコはカナトから手を放すと部屋を出ていく。


「ああ、カナト……大丈夫かしら?」


 ユキエが心配したような顔をしてカナトの赤くなった首をさする。


「お母様……」


「大丈夫。心配しなくてもいいわ。今は怒っているけど、後で私から取りなしておくから」


 ユキエは優しく微笑むとカナトの頭を撫でる。


「まさかあの女がプライドを捨てて北形家に戻るなんて……予想外だったわね。あそこの家は厄介……手を出さない方がいいわね」


「でも俺もあの犬みたいな……」


「そう焦らないの。ここはテイマーを多く輩出している王親家よ。そのうちあなたに合った強力なモンスターが現れるわ」


「本当? 才能もないあいつがいい犬飼ってるのムカつくんだ」


「きっとあなたの方がいいモンスターも契約できるわよ」


 カナトが反省しているような様子はない。

 けれどその反抗心もまた可愛らしいとユキエは思う。


「大丈夫……そのうち全てがあなたのものになるわ。焦らなくてもいいのよ」


 ユキエがカナトを抱きしめた。


「ひとまずしばらくは大人しくなさい。アカデミーの受験も待ってるでしょ?」


「分かった……そうするよ」


「良い子ね。そう、辛抱も大事よ……」


 ユキエはカナトを諭すようにささやく。

 しかしカナトがそれでも納得していない目をしていることをユキエは気づいていなかったのである。

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