ダグラスからの招待で王宮に通う日々。養父が、王族として僕が王宮へ戻ることがあるかもしれないと見越して、教育をしてくれていたおかげで、ダグラスからの要求は難なくこなすことができた。
ただ、ひとつだけを除いて。
ジャスティスがというより、現代生まれの僕が足を引っ張っている。誰よりも上位のものとして、人を使うことに慣れていないせいで、うまく立ち回れないことが多くある。
昔から王族であれば、普通にできていたであろうことが、僕にはかなり難しかった。
「ティーリング公爵は、想定以上の教育をしていたようだが、ジャスの優しさか……何故か、グレン以外を使うことに抵抗があるのか?」
「まぁ、ここは、屋敷ではないですからね。気の知れない他人に命令するのは、なかなか……」
「他のことができるからこそ、もったいない。いずれ、王太子となるにも関わらず、使役することができないと、タヌキな臣下どもになめられるぞ?」
「そうなったら、そうなったですよ。僕の代わりができる人材を冷たい椅子の側に置けばいいだけです」
「その人材も、グレン以外いないではないか?」
「まったく……」と、ダグラスに大きなため息をつかれ、苦笑いを返しておく。
「それはおいおい見つけます」
「そんなに悠長にはしていられないと思うがなぁ? 早々に決めないと」
今日は、僕の近侍となるもののお見合い姿絵を見ていた。最低限、文官と武官は揃えるようにとダグラスに言われ、王宮へ日参しているにも関わらず、このありさまだ。お見合い写真……、それも男ばかりのプロフィールをペラペラとめくってため息をついた。
「ここで、こうしているより、実際、見たほうがいいな。外へ見に行ってもいいですか?」
「そう、だな。何枚姿を見ても、ため息をついて、いつまでも選べそうにないしな」
ダグラスは、重い腰をあげ、近衛たちがいる訓練所まで、連れて行ってくれた。訓練場へ近づけば近づくほど、気合の入った掛け声や剣などを打ちならす音が聞こえてくる。非日常的なその音に、胸が躍るような少し怖いような気持ちになった。
「明日からは、一人で来れると思います」
「明日も来るのか?」
「ダメですか? 一度見て決められるほど、僕の信頼は安くないですよ! 文官もほしいので、訓練所を見た後、ふらふらと城の中を歩き回ります。気になるものがいれば、後で質問をいいですか?」
「あぁ、構わないが……時間は本当にないのだぞ?」
「……だからって、ここで手を抜いてしまっては、結局、遠回りになりますよね?」
「ありがとうございます」とぺこっと頭を下げ、訓練所の見やすい場所へ移動する。グレンが後ろに立ち、僕は訓練場を眺める。正直な話、どの人物も同じように見えてしまう。この際、誰でもいいのでは? とさえ思えてきた。
「さっきも思ったけど、剣術とかよくわからないんだよな。嗜み程度には、使えるけど……」
「目を引くものは、いないのですか?」
「……あぁ、そうだな。なんか、みんな同じに見える」
誰が見ているかわからないので、姿勢を正してはいるが、わからない程度には力を抜いていた。目で兵たちを追ってはみるものの、先ほどのお見合い姿絵とさほど変わらない。
そこに一人の近衛がやってきた。明らかに、こちらは訓練をサボりましたというふうで、僕たちを見て気まずそうにしている。
一瞬、そっちを見たが、すぐに視線を訓練場へと向けた。近衛からの視線を感じながらも、そちらを見ないでおくと、向こうがしびれを切らしたようで話しかけてきた。
「あのさ?」
「なんだ?」
「近衛の訓練なんて見て、おもしろいのか?」
「……おもしろいかおもしろくないかと単純な質問なら、正直言って、おもしろくない。そっちこそ、そんなに僕へ熱のこもった視線向けられても、婚約者はいるから、応えられない。悪いね?」
「何を勘違いしているのか知らないが、男とかありえないから」
「それは、奇遇だな」
ふっと笑う気配がしたので、僕はそちらを向く。アイスブルーの瞳と視線があったと思ったら、とても驚いた表情を向けられた。
「どうかしたか?」
「……あぁ、えっと……失礼な言葉遣い、申し訳ありません」
「どうした? いきなり。さっきまでと同じで……」
「……王族だろ? いや、ですよね? その金の瞳」
「あぁ、これな」と、目を隠すようになぞる。僕だって最近、王族だということを知ったばかりなので、指摘されても慣れないし、未だ、秘匿となっている僕の存在は、その青年からしたら怪しいヤツだろう。
「一応な。最近まで王族として生活していないから」
「……同じ年くらいなのに、学園には行っていなかったのですか? 学園にいたなら気付いて」
「……学園か。卒業はしている」
「では……」
「行っていないんだ。学園には。2つ年下の義妹の考える事業を次々と運営していかないといけなかったし、それしか生き甲斐がなかったから」
「学園に行っていない? ……もしかして、幽霊答案のヤツか? ……ですか?」
「幽霊答案?」
「ジャスティス・ティーリング。試験という試験は、全てに満点を取っている。それなのに、いつも授業中の席は空。みんなで、ジャスティスという人物は架空で、いないんじゃないかっていつも言ってた。……のです」
最初に笑ったのは、グレンだった。いつも僕についてくれていたが、近衛の言ったその一部始終を知っている。と、言うより、僕に勉強や礼儀作法を教えたその人が、嬉しそうにしていた。
試験の結果なんて、気にしたことがなかったから、何点だったかなんて知らなかったし、グレンも知らなかったらしい。
「いいですね! ジャスティス殿下。幽霊答案。実におもしろい逸話になっているじゃないですか? あれほど、授業には出て友人を作るようにと何度も窘めたのに」
「いいじゃないか! 僕は可愛いアリアのお願いをきくこと以外、何の興味もなかったのだから」
「くふっくふふふ……。今は、そうは言ってられませんけどね? アルメリアお嬢様の心は、ジャスティス様に向いているでしょうが、花には水も肥料もあげ、愛情をもって接しなければ、枯れてしまいますよ?」
「うるさいな、グレンは。僕だって、今すぐにでも、アリアの元に飛んでいきたいくらいなんだ。養父上の許しが出ない限り、屋敷に近づけない。あぁ、出来の悪いクソ弟のせいで、アリアがどんな想いをして過ごさなければならないのか、気が気でないんだからな!」
グレンを睨んで、アルメリアのことを想った。もう、会えなくなって2週間。部屋を出ていくアルメリアの表情を思い出すとグッと胸が詰まるようだ。
青い空を見上げると、そこには僕に微笑むアルメリアの幻想が現れ、思わず笑みがこぼれる。
「……王子様?」
「王子と呼ぶな。まだ、王子ではない」
「何を言ってらっしゃいます。ジャスティス殿下は、第一王子ですよ? ティーリング公爵家に名を連ねてはいません。便宜上、ティーリングと名乗らせてはいましたけどね?」
「「えっ?」」
グレンの言葉に、僕が驚くのはわかる。が、この青年がとても驚いていたことの方が、不思議で仕方がなかった。
アイスブルーの瞳が、僕をジッと見つめてくる。
「第一王子って……その、死んだんじゃ?」
「残念ながら、ピンピンしてる」
「……昔、魔王って噂があったけど、本当に魔王なのですか?」
「僕が魔王かどうかは知らない。魔法が使えるわけでもないし」
少し考える様子の青年が、急に跪き頭を垂れた。僕は何をしようとしているのかわからず、グレンを見上げる。呆れたようにして、首を横に振った。
「魔王様」
「魔王ではない。ただの人間だ」
「でも、王族は末裔なんでしょ?」
「……一応な。それも、だいぶ、血が薄まっているから、それが本当かどうかもわからぬ」
「聖女が現れたとき、対となる魔王が現れると……」
「それは、御伽噺の話ではないか?」
ため息をついて一蹴する。それでも、この近衛には、『魔王』が特別のようで、何か必死に食い下がるように、さらに頭を下げた。
「お願いします! 魔王の……殿下の近衛に、親衛隊にしてください!」
「はっ? なんでいきなり?」
「俺は、いや、私は……魔王に仕えていた親衛隊の一族の末裔。ここしばらく、王族に魔王が生まれないことで、すっかり我が一族の名は廃れてしまいましたが、魔王が復活しているのなら、どうか!」
懇願する青年をジッと見た。今日初めてあった青年。まだ、名すら聞いていないし、ここにいるということは、訓練をサボっていたということだ。そんな人物を親衛隊として側に置いていいのか……と、考えた。
「……答えは、しないだ」
「……そうですかって、食い下がれるほど、俺の……私の決意は、軽くない。必ず、殿下の親衛隊になってみせます」
真剣そのものの声に、顔をあげるように言えば、視線がぶつかった。目を見ればわかる。どう思っているのか心を読めはしなくとも、目を見れば、わかることもあった。
「グレン」
「はい、何でしょうか?」
「今日はもう帰る。ここにいても仕方がないからな」
グレンを引き連れ、訓練場から出ようとしてもその青年は追いすがるようだった。
「みじめだと思わないのか?」
「……思うさ。思っても……」
「今日のところは帰れ。訓練を真面目にするんだな」
「それじゃあ、悲願は達成できない!」
「悲願ってなんだ? 僕に仕えることが悲願なのか?」
「そうだ。それこそが……」
「……、僕は、そうは思わない。そんなのあのアホと同じじゃないか? 過去の栄光に縋って何になる? 誰も、自分自身を見てくれなくて、結局苦しくなるのは、お前の方だ。そんなことのために、僕を利用するな! よく考えろ。自身がどうなりたいのか。近衛にいる理由を。これから、なんのために自分の命をかけるのかを」
きつく言った僕から少し距離を取り、近衛は二回りほど大きなその体を力なくだらんとしている。目は、先程のように真っすぐこちらを見てはいなかったが、奥に宿る青い炎がキラリと光ったようだった。
「自身の足で立つための選択をしろ。それでもと、僕の親衛隊を望むのであれば、それに似合う功績を積むことだな」
「……わかった。やってやる、やってやるよ!」
俯いていた青年は顔をあげる。もう一度合った視線は、はっきりと僕を見ていた。武芸を嗜む程度の僕でもわかるほど、見た目が変わる。
……良い表情だ。
僕が頷くと、二ッと近衛は笑うので、呆れたと表情を作る。僕の言葉が、青年の心に何か届いたのだろう。それだけで、今は十分だ。
「名はなんという?」
「えっ?」
「名前だ」
「……ジークハルト・ランス」
「いい名だ。覚えておこう」
「行くぞ」とグレンに声をかけ叔父の待つ図書館へと向かう。思わぬ宝石を拾い、良い気分であった。