「さっきのは、何だったんですか?」
「さっきの?」
「ジークハルト・ランスのことです」
「あぁ」とグレンに生返事をしたあと、僕はふっと笑っていたようだ。グレンの顔が引きつっているあたり、僕の考えがグレンにとって予想外だったのだろう。
「その表情、何かよからぬことを考えていませんか?」
「何も。僕にはこの先、親衛隊がいるのだろ? 近衛の中から選べって、グレンも叔父上もあれほどお見合い話を持ってきたじゃないか!」
「そ、それはそうですが。ジークハルトということですか?」
僕は頷き、少し先の未来を想像する。御伽噺の白タイツの王子様の側にいる立派な騎士のイメージだ。想像しておいて、思わず笑ってしまった。僕が白タイツの王子様で、その側にグレンとジークハルトがいるのだから。
「やっと、一人目を決めたってとこだな。まだまだだが、これからを期待して……」
「そうですか。ジークハルトは、確か近衛の大隊長格でしたね。若いですけど、同僚からの信頼も得ているし腕はいいですが、サボりぐせがある……って、聞いてます?」
「それなら、心配はないさ。ジークハルトがサボれないほど、仕事を押し付ければいいだけの話だろ? 僕の側でサボれるなら、それは一種の才能だよ」
ケラケラと笑って廊下を歩いていたら、煩かったのか文官たちに睨まれた。ペコっと頭だけ下げれば、文官たちの低い沸点も下がったようで、元の仕事に戻っていく。
「ここではよそ者だからな。静かにしよう」
「王太子になる人がよそ者だから……って、あんまり聞きたい言葉ではないですね?」
「グレン……」
「何でしょうか?」
「なかなかの毒を吐くんだな?」
叱られる前に、前を見据えスタスタスタスタ……と早歩きになった。きっと、今のグレンはぽかんとしているが、僕の言葉が脳内で繋がったとき、怒涛の抗議がくることが予想された。
それを避けるため、早々に図書館へ入り、ダグラスをさがしていたら、向こうから見つけてくれた。僕の顔を見るなり奥の部屋へ来るよう合図される。
「実際、見に行って、収穫はあったか?」
「おもしろい石を拾いましたよ。近衛も玉石混交ですからね、拾った石の今後に期待です」
「なるほど。それで、誰を見つけてきた?」
「……ジークハルトですよ」
遅れて部屋に入ってきたグレンの呆れ声に、「あぁ、なるほど」とダグラスは納得したようだった。ジークハルトの名は、ダグラスも知っているようで、噂による実力は本物と確信が持てる。
「叔父上は、どう思われますか?」
「ランス家の次男か? 噂はいろいろ聞くが、どれも噂だからな。どんな人となりかと聞けば、根はいいやつだ。サボりぐせがあるが、宿願だった魔王の親衛隊に入れば、そうも言ってられないだろうし、いっそ隊長にしてやれば、泣いて喜ぶんじゃないか?」
ダグラスの言葉を聞き、グレンと顔を見合わせる。ジークハルトとのやり取りを思い出してのことだった。
「どうして、そう思われるので?」
「一時期、ジークハルトの家庭教師をしていたんだよ」
「叔父上がですか?」
ダグラスの家庭教師の話に驚いて聞き返した。王弟であるダグラスが貴族の子の家庭教師をすることはないはずだが、王太子の近衛に入るための一時的なものだったらしい。レオナルド可愛さゆえの、王の計らいだったそうだ。実際、ジークハルトはレオナルドからの打診があったそうだが、「仕える主ではない」と拒絶したらしい。
「ジークハルトは、剣や軍事だけでなく勉強もできるんだが、なんというか」
「あぁ、サボり癖ですか?」
「それにも立派な理由があったにはあったから、同じ次男坊としては、同意しかできぬ理由であった」
「理由を聞いても?」
「それは、本人に聞いたらどうだ? 親衛隊に入れるのであろう?」
「はい。じゃあ、そのときにでも」
ダグラスに報告が終わったので、次の話だ。最低限、武官と文官が一人ずつは必要だと言われている。側仕えにはグレンがいるので、僕は文官のスカウトだけを早急にしないといけない。政務官が必要なのだが、ジークハルト以上に難しい話であった。
「残るは文官かぁ……さっきも、睨まれてしまったんだよなぁ……」
「あれは、ジャスティス様がうるさかっただけで……」
「グレンも騒いでいただろ?」
「……それは」
会話には入らず、ずっと、唸っているダグラスの方をみれば、何かブツブツと呟いている。ところどころ聞こえてくるのは、「下級文官だが優秀で、それなら上級もいないとまずいな……」というものだ。
「そういえば、ランス家って貴族の中では、上位だよな?」
「そうですね。魔王の側近として、代々選ばれていましたからね。今、嫡子はレオナルド様の親衛隊だそうですよ?」
「えっ? でも、二人の年齢を考えると……」
「学校の外では、成人した親衛隊も必要でしょう。ジャスティス様はすでに学園も卒業されているので、わざわざ学生を選ぶ理由もなかっただけです」
感心したように、グレンを見ていると、ダグラスの考えもまとまったようだ。こちらへ向き直り、真剣な視線を向けてきた。
「考えはまとまりましたか?」
「あぁ、そうだな。二つ提案がある」
「僕は手詰まりなので、何なりと」
「ひとつ、私に今ついている文官サティアをジャスティスへ推挙したい」
「願ったり叶ったりです! なぁ、グレン?」
「今、手間が省けたという表情をしていましたよ?」
「そんなことはない! それで?」
ダグラスに向き直り、話の続きを問う。サティアを僕の文官にするには、何か不都合なところが出てくるのだろう。ダグラスが推薦するのに迷っていたのは、そのせいだ。
「さすがに聡いな。ティーリング公爵が手塩にかけただけあって」
「これくらい。何か問題があるのですよね?」
頷くダグラス。推薦をされるだけあって優秀なのはわかるが、ジークハルト以上の問題児なのかもしれない。いや、問題児を僕に推薦する必要はないはずだ。ただの嫌がらせになってしまうから。
「サティアは優秀な文官ではあるのだが、貴族家としては……」
「爵位の低いことが問題ですか?」
「あぁ、王太子の文官としては、サティアの地位も官位も低すぎる。優秀であるのだが、内向的であるがゆえに自己肯定感も低くいじめられていた。そこを拾ったのだが……。サティアの才能は、内務的なものに関してだ」
「なるほど……外に対して、とりわけ上位貴族と渡り合えないということですか?」
「……あぁ。端的にいうとそうなる」
「それじゃあ、僕の内務官には難しいですよね?」
「……そうなんだ、そうなんだ。それを補うために、例えばだが、うちの息子をつけたら……どうかと思ってな」
「叔父上の息子を僕の文官に?」
「そうだ。親がいうのはあれだが、あれは、なかなかに優秀だと思う」
ふむぅ……と考えたふりをした。グレンは長年の付き合いなので、呆れて口を出そうとしない。本人たちからさえ、了承を得られたら、僕の面倒な仕事が一気に片付くことになる。そんなうまい話、乗らない手はないのだが、飛びついてしまうのはまずいだろう。
「一度、二人をここに連れてきていただけますか? 本人たちには、僕から話をしてみます。それで、了承を得られるなら、叔父上の申し出を受けます。何より、叔父上が認めているサティアに興味がありますからね。どんな人なんだろう」
「サティアか、まぁ、実際会ってみて、考えてみてくれ」
その言葉を残し、自身の執務室から出ていく。サティアを呼びに行ってくれたようだ。グレンにお茶を淹れてもらい、ソファに深く腰掛けた。
「これで、一応の人材は揃いましたね?」
「そうだな……そうだっ!」
何か思いついたというふうな僕に疑念の目を向けてくるグレン。その視線もこちらに転生した記憶を取り戻してから、随分となれたものだった。
「何を思いついたのですか?」
……昔、アニメでみたことがあるんだよな……。主君が、信頼の証に侍従たちに渡す小物の話。現代では、中流階級の中の下ぐらいの家庭だったから、一生、そんなことができるとは思っていなかったんだけど……憧れてはいたんだ。憧れては。オタクの夢は無限大!
「んーちょっとな。決まったら、明日は街に出ようか。叔父上にも了承を得てからになるけど……」
「街にですか? 何か買い物であれば、私が向かいますが」
「それでも、いいんだけどさ。アリアに婚約の品も選ばないとだし、見に行きたいなって」
「かしこまりました。明日は、そのように用意いたします」
「お願いね」
ちょうど、話し終えたころ、ダグラスが二人の青年を連れて入って来た。小さい方は女の子かと見間違うほど可愛らしく、もう一人は、ダグラスにソックリの背が高く整った顔立ちの青年であった。
「待たせたな。二人を紹介する。先程話していたサティアだ。挨拶を」
「……お初にお目にかかります。サティア・オプティと申します」
「初めまして、サティア殿」
サティアのかわい……優しい微笑みに、ドキドキとしながら、何事もなかったかのように微笑み返す。その隣に目を向ければ、少々不機嫌で胡乱な目をした青年と目が合った。
「こちらが、愚息のアーロンだ。ジャスティスにとって従兄になる。この年で、士官もせず、ふらふらとしていたので、……」
「それくらいでいいだろう? 叔父上」
文官にしては、背が高く武官としても不足はないのではないかと思えるほど、しっかりした体躯であるアーロンに睨まれると、それなりに圧力を感じた。
ぽっと出の僕の元で働くなんて嫌なのかもしれないなと考えながら、手を差し出し挨拶する。
「ジャスティスだ。今は、ティーリング公爵の養子として挨拶しておいたほうがいいのかな? よろしく頼む、アーロン」
差し出した手をジッと見つめられ、引っ込めようか悩んでいたら、ガシッとその大きく逞しい手に掴まれた。力強さを感じたが、それ以上にアーロンの何かを勝ち取れたようだ。
「アーロンだ。父上から言われたので、面白半分で見に来たのだが、肝も座っているようでおもしろい。文官として、また、武官がいないのなら、そちらも含め、下につこう。サティアも文官として、ジャスティス様の下になるのだろう?」
「あぁ、そのことだ。先にアーロン殿の了承を得てから、サティア殿にも打診をしようと思っていたのだが……」
「勿体ないお言葉です! ボクなんかで、務まるでしょうか?」
「……それは、わからない。僕だって、王位継承権があることすら最近知ったんだから。悪いけど、二人には、これから、想像もつかないほど、メチャクチャ迷惑をかけると思う。王宮のことは、殆ど何も知らないんだ。何か、おかしなことをしていたら教えてくれ。逆に、商人もしていた経験から、法に触れない程度で、改善をした方がいいと思うことがあれば、こちらからも言わせてもらうことがあるかもしれない」
「へぇージャスティス様は、王宮以外で何かしていたのかい?」
「アーロン殿は、僕の従兄なんだ。敬語もほどほどに『ジャス』と呼んでくれ」
「じゃあ、俺のことは、アーロンと」
「ボクも敬称は必要ありませんので、サティアとお呼びください!」
両方の提案に頷き、呼び方を改める。
「アーロンのさっきの質問だが、僕はティーリング公爵のここ5年ほどで、新規に立ち上げた商売全てに関わってきている。発起人は、義妹のアルメリアだが、事業として道筋を立てたのは僕だ」
「なるほど、商人ってわけだ」
頷き、これまでの話をすることになった。公爵令息が主体となって商売をしていることは、あまりないようで、二人だけでなくダグラスまでその輪に入り、四人で夕方まで話込み、久しぶりに充実した時間を過ごした。
そうすると、思いおこされるのは、やはり、アルメリアのこと。今頃、何をしているのだろうか? とても恋しくなり、このまま、ティーリングの屋敷へ帰りたい……そんな衝動にかられそうになり、拳をしっかり握って我慢するしかなかった。