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第21話 あぁ、アリア。あなたはどうしてアリアなの?

 とは、言ったものの……、一度アルメリアのことを思い起こせば、アルメリアに会いたくなって仕方がない。父との約束とはいえ、アルメリアを追い返した日から、随分時間が経っているので、様子も気になった。


「グレン」

「なんでしょうか? また、よからぬことを……」

「すぐそんなことを言うようになって……。それに、よからぬことではない。アリアに会いたいだけだ」


 はぁ……と、グレンの盛大なため息が、馬車の中に広がっていく。いや、長く深いので、未だに続いている。息、大丈夫? とのぞき込んでしまうほどだ。

「なぁ? 頼むよ」とグレンにもう一度呼びかけると、首を横に振った。


「もう少しお待ちください。公爵様もあの日、そう申していたではないですか? アルメリアお嬢様に会うには、段階を踏まないといけません。ジャスティス様は、公爵家の養子でもないですし、アルメリアお嬢様にとっても、義兄ではなく、一人の男性として……」

「わかってるって! わかっているんだ。でも、一目でいい。アリアの姿を」


「ダメです!」と頑なに言われてしまうので、グレンの前では「わかった」と諦めたふりをする。ここしばらくは、ダグラスの元へ行くことも多く、王族として覚えることも山のようにあったが、ジャスティス様の元の頭脳がいいのだろう。1回見聞きしたら覚えてしまい、さらには応用までできてしまうので、少し、余裕ができたのだ。

 そうすると、想うことはひとつ。アルメリアのことだけ。


 ……僕、どうしたのかな? これほど、アリアのことばかりを考えていたようには思えなかったのに。


 車窓を見れば、もうすぐ屋敷に着くようだ。ゴトリという音と共に馬車が停まり、屋敷についた。用意されている部屋へ向かい、グレンの言いつけも聞かずに、ゴロンとベッドへ寝転んだ。


「ジャスティス様、着替えてください」

「……あとでいいだろう? 少し、眠らせてくれ」


 そういうと、ジャケットだけ持って、グレンは静かに部屋を出ていった。ベッドの上で、何度も転がっている。もちろん眠れるはずもなく、飛び起きた。


 ……行くしか、ないだろう! 今までの僕ならいざ知らず、ダメだと言われて、はいそうですかって、ならいんだよ、今のジャスティスは。行動力マシマシだからね!


 ふんっと鼻息荒く、足音を立てずに隣の部屋へと向かう。隠し持っていたお忍び用の服をクローゼットの奥から引っ張り出し、いそいそと着替える。キャスケットを目深にかぶれば、いつものお忍びのスタイルで、これなら街にも馴染める。それほど、遅い時間ではないのだが、廊下に顔を出し左右を確認。、誰もいないので、部屋をこそっと出る。


 ……ここの屋敷だと、この服装はさすがに浮いてしまうな。


 豪奢な建物の内部はもちろん、高そうなものが飾られ、カーテンひとつとっても高級感がある。安物のヨレた服では、廊下を歩く僕は目立っている。

 コソコソと裏口から出て、暗い夜道を歩いて移動する。夜だといえど、まだ時間も早いので飲み歩いているものも多く、通りが静まり返っていることはない。公爵家にいたころは、よく、夜に街へと出歩いていたので、公爵家周辺の道には詳しい。目的の場所まで、すぐにたどり着いた。


 ……さて、ついたけど。僕は、もうティーリング公爵家の人間じゃない。この格好で向かっても、門兵に追い返されるだけだ。こんなときのために作った道ではないが……アリアに会えるなら、使わない手はない。


 公爵家の裏側に夜中のお忍びからの帰宅用に作った抜け道を使い、こっそり公爵家の敷地へ不法侵入する。こんなことがバレたら、養父上に大目玉をくらうどころの話ではないことは承知のうえだが……、バレなければいいのだろう? と、アルメリアの部屋の下まできた。この時間、警備兵は、出歩いていないことも知っていたので、下からアルメリアの部屋のバルコニーを眺めた。


 バルコニーへ出てこないだろうか?


 祈るような気持ちで見上げてみる。バルコニーには全く気配がないようだが、明かりはついているので、アルメリアは部屋にいるのだろう。


 思いつきで来たのだから、会えるとは思ってなかったし、……帰るか。


 この場に長居はできないため、その場から立ち去ろうとしたとき、薄着のアルメリアがバルコニーに出てきた。悩まし気に月を眺め、何度もため息をついては、誰かの名を呼んでいる気がした。


 ……婚約破棄をされたばかりだからな。本当なら、アリアを側で支えてやるべきだったのに。


「お義兄様は、元気でいらっしゃるかしら? 全然、連絡もくださらないし、私のことはお忘れなのかしら? 部屋を追い出されたあの日のお義兄様の瞳が忘れられない……。はぁ、私はどうしてし……ま……」


 ふいに、ため息にをつきながら下を見たアルメリアと目が合った。とても驚いているようには見えたのだが、それ以上にかなり動揺しているようだ。僕を見た瞬間、部屋の中に慌てて駆け込んでしまったのだ。


 言葉をかけるタイミングもなく、本当に一目見ただけで終わってしまった。


「まぁ、満足か。一目見られたんだから。あぁ、あの豪奢な金の髪を撫でてやりたいな」


 仕方がないと諦め、帰ろうとしたら、アリアが部屋の中からひょっこり顔をだす。ただ、顔の上半分だけをこちらに向けてきた。


「……お、お、お義兄様、ごき、ごきげんよう!」

「あぁ、アリアも。元気していたかい?」


 声をかけると、恥ずかしそうにしながら、アルメリアはバルコニーまで戻ってきてくれ、小さく手を振っている。まるで、ロミジュリのようなシチュエーションだなと内心苦笑いをする。そう思えば、やってみたくなった。かの名作のように……。


 ただ、あのセリフは、僕しか知らないので、僕が言うしかない。


「あぁ、アリア。あなたは、どうしてアリアなのか?」


 ……。


 ……そうなるよな? このセリフは小説なり映画なりの元を知っていてこそだろうし。スベッた。大スベりだ。穴があったら、早々に入ってしまいたい。そして、誰か、僕を埋めてくれ……。


「あの、お義兄様。もしかして、私がお義兄様のお名前を呼ばないことに怒っていらっしゃるのですか?」

「……そんなこと、少しあるけど、アリアが気にすることじゃない。今のは、僕が好きだった本の一節を言ってみただけだ。芝居にもなっていてね、今のような……っと、まさにって感じだね。警備がきそうだから、また、会いに来るよ。

 今晩も君の流れるような美しい金の髪は輝き、エメラルドもかすむほどの澄んだグリーンの瞳、小鳥の囀る可愛らしいピンクの唇にキスをしたいくらいだ。愛しいアリア」

「……お義兄様」


 ここからは、遠いので表情は見えずらいのだが、現代では言わないような歯の浮くような言葉を言っても、アルメリアはひかないでくれている。むしろ、頬を染めて嬉しそうにしていて、さすが乙女ゲームの中であることを絶賛した。僕自身は、若干恥ずかしさと滑らかに口から出てきたくさいセリフに鳥肌が立っているが気にしない。


 ……可愛いな、アリアは。今すぐ、攫ってしまいたいくらいだ。


 どんどん、過激になっていきそうな頭の中を左右に振ることで雑念を消し、アルメリアに手を振って暗闇に消える。アルメリアも手を振ってくれていたので嬉しい。どんな小さなことでも、僕自身に向けられたものだと思えば、胸が高鳴った。

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