目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第24話 多額の資金の上、出来上がった最高級の偽乳なのですよ!

「どうでしたか? ランス家の方は」

「んー、そうだな? おもしろいことが分かったくらいかな」

「おもしろいこと、ですか?」

「そう、信じるか信じないかはグレンに任せるけど、僕が思う側近が決まったら、真っ先に話すよ」


 馬車に揺られて屋敷に帰った。小汚い恰好をしていても、侍従のみなは僕に気が付いたようで、「おかえりなさいませ」と挨拶してくれる。僕がフラフラと夜中に屋敷を抜け出したおかげで、遅くまで番をしてくれていたらしい。


「明日は、街へ行かれるのですよね?」

「そうだね、その予定。その前に、情報屋を屋敷に呼んでおいてくれる?」

「かしこまりました」


 僕は部屋に戻り、着替えだけさっさと済ませてベッドに入る。今日は、アルメリアとの短い会話もできたことを胸に、幸せいっぱいで眠れそうだった。


 翌朝、入浴と朝食を済ませたころ、騒がしい客が訪ねてきた。高級なドレスに身を包み、寄せてあげて谷間をいかにも作っているその人物こそが、僕の情報屋だった。


「おはようございます」

「よく来てくれたね? マリアンヌ」

「殿下のお呼びなら、何時如何なるときにでも。朝に呼びだしてくださる心遣いに感謝いたしますわ」

「夜中に呼びだすのは、寝不足になって美容にも良くないからね?」


 一応言っておく。目の前のご婦人に見える人物は『男』だ。このマリアンヌは、女装男子なのだ。本当の名を言うと、長々とお説教を聞く羽目になるので、言わない方向でジャスティス様は心に決めていた。僕もそれには倣うつもりで、『マリアンヌ』と呼ぶことにしている。ちなみに、本名は『マリオ』。某有名ゲームを思う浮かべてしまいそうになるのを微笑みでごまかす。

 ジャスティス様の記憶がなければ、騙されてしまうほど、精巧に作られているたわわな胸もウエストの細さも偽物なのだ。声なんて、のどぼとけもなく、女性そのものである。


 ……サティアの儚げな可愛さとは違い、ある意味ハツラツとしているな。あの胸はどうなっているのだろう。


 頭の中で考えていたことが、行動に出ていたらしく、マリアンヌの片乳をギュっと掴んでしまった。


「何をなさるのですか! レディにむかって!」

「ごめんごめん。ついね……? 偽物にしては、精巧な造りだなぁと思うと興味が……」

「つい出許せますか! これには多額の資金をつぎ込んで出来上がった最高級の偽乳なのですよ!」

「……悪い悪い。許してくれ」

「それも、一度ならず、二度もですよ!」

「そうだったかなぁ?」


 しらを切ろうと口笛を吹いてみたが、マリアンヌに怪しまれれているには変わりなかった。場の空気が恐ろしく冷たくなり悪いので、僕は「欲しい情報なら1つだけやる」と提案すると、マリアンヌは素直に機嫌を直し従ってくれた。


「悪かったな」

「殿下が、悪かったと気にしてくださっているならかまいません。ところで、このお屋敷、本当に素敵ですね? 私も住んでみたいですわ!」

「あぁ、たまに泊りに来るくらいなら構わない」

「本当ですか? さすが殿下! 夢が1つ叶いそう」


 マリアンヌは、夢見心地で部屋を見渡しうっとりしている。この屋敷は、公爵家の屋敷より豪奢な造りとなっており、城のようで、みなの憧れの屋敷らしい。


 ……夢の国にあるような白亜の城だもんな。そりゃ、憧れもあるだろうね。僕は一生、関わりのない屋敷だと思っていたけど。


「つい最近まで、ティーリング公爵家の私財だと思っていたのですが、殿下の持ち物でしたのね。早く言ってくださればよろしかったのに」

「……さっきから、マリアンヌは僕のことを『殿下』って言っているけどさ?」

「この国の第一王子であり、王位継承権第一位のジャスティス王子殿下ではありませんか?」


 今更、何を言い出すのかと哀れみを込めた視線で、マリアンヌは僕を見てくるので、苦笑いで対応しておく。

 まだ、世間には公表もしていない事実なのに、どこから情報を仕入れてくるのか……僕にはわからないが、出自不明のマリアンヌの情報には何度も助けられたことがある。


「マリアンヌ様は、どこからそのような情報を仕入れてくるのですか?」

「グレン……乙女の秘密を暴こうとするような不躾な質問は、モテませんことよ?」

「モテなくとも構いません。ジャスティス殿下の護衛ができるのであれば、それだけで名誉なことですから」

「……根っからの忠犬ワンコロね?」


 クスクス笑うマリアンヌにからかわれたのだと、気が付いたグレンも言い返すと面倒だと悟っているので苦い表情をしていた。


「そういえば、殿下はレオナルド殿下とアルメリア様の婚約破棄パーティへは、どういうお立場で向かわれますの?」

「とりあえずは、アリアの義兄として参加するつもりだよ。そのあとのことは、父と養父が何か考えてくれているようだけど、流れに身を任せる……それが、僕の当日の仕事かな」

「なるほど、これは……おもしろくなりそうですわね?」

「何か面白い情報でも聞きつけた?」


 ニヤッと笑うマリアンヌ。無邪気な雰囲気に変わったので、これは買い取ってくれという情報なのだろう。グレンに目くばせしたら、「ありがとうございます」とその偽物の胸のあいだにそっと金貨をしまっている。


 ……落ちないのだろうか?


 疑問に思ったが、何も言わないでおく。藪蛇は突かないほうがいいこともある。特にマリアンヌは、こちらからの情報も欲しがっているのだから。

 この情報の買い取り先は今のところ僕だけなので、好奇心が故の情報収集というものだろう。ジャスティス様もよくこんな怪しげなマリアンヌに目を付けたものだと、感心してしまう。


「その前に、情報をくださる約束ですわ」

「……そうだったかなぁ?」

「そうです! 例えば……とかでもいいですよ?」

「知っているのではないか?」


 胡乱な目で見てやると、ふふっと笑うマリアンヌ。だいたい想像は出来ているが、確信が欲しいというところだろう。大きくため息をついた。


 ……僕だと終始翻弄される感じだなぁ。ジャスティス様の頭脳を持ちながらも、まだまだ、駆け引きは下手くそだということか。


「わかった、それでいいなら。まだ、内々定もしていないが、アリアが僕の婚約者候補だ。それで、いいか?」

「えぇ、もちろん。しかと聞かせていただきました。アルメリア様は『聖女』様ですものね。殿下は『魔王』様ですし。あぁ、そうだ」

「……まだ、何か?」

「ランス家の次男坊の心を射止められたそうですね?」

「……ジークハルトか?」

「えぇ、そうです。レオナルド様からの再三の護衛入りを断っていたという話もあったのに、いつの間にか、殿下の護衛に選ばれたという話が耳に入ってきました」

「まだ、そっちも本決まりじゃなく、ジークの片想いだ」


「なるほど」と頷くマリアンヌは、とても楽しそうである。純粋に何かを求めているというマリアンヌの表情はとても好ましい。


 ……それにしても、マリアンヌは、どこまでの情報を掴んでいるのだろうか? 僕が『魔王』であることも世間には公表をしていないものなのに。


 好奇心だけで、これほどの情報を手に入れることに、僕はマリアンヌの好奇心と探求心、その才能を素晴らしいとすら思った。ジャスティス様が、どうしてマリアンヌを情報屋として側に置くのか、わかった気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?