「はぁ……アリアに似合う宝石は、一体どれだろう?」
目の前に並ぶ宝石たちを見つめながら、婚約指輪にはどれがいいのかと頭を悩ませる。
ここで、補足だが、現代でもこの世界でも、僕は女性とお付き合いしたことがない。年齢イコール……彼女なしだった。それがだ! 宝飾品を選ぶ日が、しかも、婚約指輪を選ぶ日がくるだなんて、夢にも思っていなかった。まさかの出来事に、緊張しすぎて背中に大滝のような変な汗をかきながら選んでいた。
「ジャスティス様、気に入ったものはありませんか?」
「あぁ、どれもこれも、違う気がする」
もう何時間も、目の前にいろいろと宝飾品を並べてくれるせいで、目がちかちかしてきた。店主が出してくれたものは、高級な品がばかりだが、決定的に僕の婚約指輪のイメージに合うものがなく、全く心惹かれない。「少し、店の中を歩いてくる」そういって席を立った。ついてこようとする店主を留め置き、店の中を一人で自由に歩き回った。
「宝石って、たくさんあるんだな……現代だとダイヤモンドが主流か。婚約指輪なんだし」
ダイヤモンドを探し歩き回っていると、目についたものがあった。とても綺麗な紫色をしている小花の集合体。店員に言って、それらを出してもらう。手ごろなサイズのもので、5種類もある。これらをひと揃えの宝飾品として売っているのだろう。ピアス、指環、カフスボタン、ネックレス、ブローチだ。大ぶりなものではないが、品がよく、とても気に入った。
「これは、すぐに買って帰れるか?」
「もちろんでございます。おつつみしましょうか?」
「あぁ、頼む。料金は一緒に来ている従者からもらってくれ」
「かしこまりました」と、品物を持って奥へ下がっていく店員を見送ったあと、店内をまた、ブラブラと目的のものを探しながら歩き回る。
……なかなか無いものだな。作るという手もあるが、石から選ぶとなるとかなり時間がかかるし、デザインを考えるセンスが僕にはない。
ため息をつきながら、近くのソファにかけた。目の端にキラリと光る宝石があった。立ち上がり近づいていくと、今まで見せられたようないかにもお貴族様のご婦人たちが付けているゴテゴテとした作りのものではなく、アルメリアの細い指にとてもよく似合いそうなダイヤのハーフエタニティの指環があった。
「値段は、気にしなくてもいいが……これは、なかなかだな。少し大きめの石が1つと、それを囲うようにあるのか……。この僕がこういうものを選ぶ日が、来るとは……本当に思いもよらなかったな」
小さくため息をついた。贈る相手がいなかった今までと違い、王族に次ぐ公爵令嬢に渡す婚約指輪しては、貧相にみえるかもしれない。ただ、ずっとつけていてほしいと願い、アルメリアに1番似合う指輪を贈りたかった。
「ここにいましたか?」
「あぁ、グレン。この指輪、グレンはどう思う?」
「王族が付けるには、少し小ぶりですね? ただ、アルメリアお嬢様の華奢な指には、ちょうどいいかと。サイズは、どうですか?」
店員を呼び、見せてもらう。サイズはぴったりだ。指輪だけを贈ると、養父になんて言われるか考え、指輪に合う装飾品一式を揃えることにした。結婚式に使えるようにと、同じダイヤモンドで選んでいく。
「豪華になりましたね?」
「そうだな。これなら、養父上にも文句は言われまい」
大きな宝飾品をしまう化粧箱に入れてもらう。どれもこれも一級品の装飾がされており、化粧箱が白銀に輝く。
お金に糸目はつけないとはいえ、僕は購入総額を聞かないことにする。その方が用意したものをアルメリアに贈りやすい。
街での買い物が終わり、そのまま王宮へと向かうようグレンに言いつける。今日の予定にはなかったが、買ったばかりの品物を思い浮かべる人物たちに贈りたいと思ったのだ。
「グレン」
「どうかしましたか?」
「あぁ、たいした用事ではない。が、贈り物をしたい」
「贈り物ですか? 先ほど買ったものですか?」
「あぁ、そうだ」
アルメリアへの求婚の品以外にも買った小物。その中で、グレンにと選んだのは、ブローチだった。
「ありがとうございます。私が本当にいただいてもよろしいのでしょうか?」
「あぁ、これからも頼んだぞ?」
「かしこまりました」
「貸してみろ」
「……何を?」
あげたばかりのブローチを取り出し、燕尾の襟につけてやる。黒の燕尾に紫の小花が咲いているようで、なんだか可愛らしい。
「なかなか、いいんじゃないか?」
「ありがとうございます。大切にします」
「あぁ、そうしてくれ。できれば、毎日つけてくれると嬉しい」
急に恥ずかしくなり、窓の外を見て僕は誤魔化した。王宮に着いたようで、馬車が停まり、グレンが先に降りていく。よほど、嬉しかったのか、ブローチを一撫でしていた。
僕も馬車から降り、ダグラスのいる王宮図書館へと向かった。今日から、第一王子付きになった文官アーロンとサティアも、今日は図書館に詰めている。
「まだ、執務室がないから、苦労をかけるな」
アーロンとサティアに声をかけると、予定になかったせいで驚いたようだ。
僕のことは、王宮内でも未だ伏せられており、王宮へ日参している今、ティーリング公爵の息子が何をしているのかと、他の者たちからは少々胡乱な目で見られていることは知っていた。他のものたちの目もあるので、ダグラスの執務室へと二人を連れて移動することにした。
「ジャスティス様は、今日はいらっしゃらないと伺っていましたが……?」
「あぁ、ちょっと、二人に急用ができてな」
「急用?」
「叔父上、少し執務室を借りる!」
執務室近くで作業をしていたダグラスの返事をもらい、図書館から続きの執務室へと三人を引き連れ向かった。中に入り、ダグラスの椅子へとかける。もちろん、三人は立ちっぱなしで、うち二人は『急用』に何事かとこちらを窺っている。
「そう緊張しなくてもいい。急用といっても、二人に渡したいものがあって来ただけだから」
「渡したいものですか?」
サティアが小首を傾げ、アーロンの方を見るが、アーロンもなんのことだかわからないと首を横に振っている。
その前に、小さな小箱を2つ置く。注目はそちらに向かい、何が入っているのだろう? と、二人とも興味を持ったようだ。
「こっちはアーロンの。こっちがサティアのだ。それぞれ、違うものが入っている」
「なんでしょうか?」
二人が手に取り、同時に小箱を開き驚いていた。
「……これは?」
「二人には、これから近侍として働いてもらうつもりだが、何かその証となるようなものが欲しいと思って。グレンにはすでに渡してある」
「あっ、本当ですね!」
「さっきから、グレンのそれが気になっていたんだが、それはそういうことか」
小箱を開いた二人が、自分たちと同じ花が胸に咲いているグレンを見て笑う。
アーロンにはカフスボタンを渡し、サティアには指輪を渡した。
「指輪って……なんだか、少し恥ずかしいですね。ちょうど入るところが、……薬指なんですけど」
「おぉ? 永遠の愛でも誓うか?」
「!! アーロン様、からかわないでください!」
珍しい二人のやり取りを見た気がした。アーロンにからかわれ、サティアの頬がほんのり赤くなっている。そうしていると、サティアは女の子にしか見えないことは黙っておこう。
「……永遠の忠誠でも、いいでしょうか?」
「あぁ、そうしてくれると嬉しい。その忠誠、しかと受け取った」
四人で笑いあい、それぞれの花をそっと撫でていた。
「そうそう、サティアにお願いがあるんだ」
「ボクにですか?」
「あぁ。今日、確か、みなに辞令が交付されたと聞いている」
「はい、いただきました。第一王子専属文官を拝命いたしました」
「さっそくだが、これをある男に届けてほしい。辞令は、近いうちに出すと伝えておいてくれ」
「……ある男ですか?」
「あぁ、ジークハルト・ランス。親衛隊隊長に命ずると一言添えておいてくれ!」
誰のことだかわからず首を傾げていたが、パッと表情を明るくさせるサティアに「頼む」といえば、早速向かってくれるらしい。パタパタと執務室から出て行き、近衛の訓練場まで、駆けていったようだった。
「へぇ、なかなか、見込みがあるやつ選んだんだな?」
「まぁな。昨日、話してみて、いいと思ったんだ。僕のために、残っていてくれたようなものだな。アーロンもサティアもだが」
「あとひとつ、残っているようだな?」
「そうだな。さて、どうしたものか。未来の宰相閣下は、誰に渡すのがいいと思いますかね?」
「……そうだな。俺も剣はたつほうだが、もう一人くらい護衛が欲しいところだ」
「……また、近衛の訓練場を見に行かないといけないのか?」
大きなため息をつけば、「それが仕事だ」とアーロンに言われる。仕方がないので「もう少し考える」と言葉を濁しておいた。